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41歳、「近視進行抑制外来」を訪ねてみた〜失明はしたくない!
「全然合ってないですよね。これではちょっと合格はあげられません」。
試験官の言葉を受け、私はすごすごと免許試験場を後にした。2023年4月、40歳の時のこと。
不合格になったのは、視力検査。その時はめていたコンタクトは30代半ばごろに作ったもので、そこまで時間は経っていないはずだったけど、「両目で0.7以上、片目で0.3以上」なんて夢のまた夢になっていた。
「大人になれば近視の進行は止まりますからね。」
ずっとずっと、そう言われてきた。
20代の時も、30代の時も、眼科の先生たちには「大人になれば…」「もう止まると思いますよ」と言われてきた。
けど、免許更新時にあわてて作り直したこのコンタクトレンズだって、2年近く経った今は駅の電光掲示板がぼやけて見える。
「私は一体いつになったら大人になれるの?」と、モラトリアムの大学生みたいなセリフを吐きたくなる。
私はこの先もずっと、悪くなってはコンタクトを作り直し、また悪くなっては作り直しを繰り返していくんだろうか。そのうち、合う度数のコンタクトがなくなってしまうんじゃないだろうか。
そんな時に読んだのが、この本だった。
『あなたのこども、そのままだと近視になります』
もともとは、「私の遺伝を考えると、3歳の息子にも近視リスクはあるよな〜」というような、親としてのぼんやりとした興味関心から手に取った本だった。
けど。
「強度近視になると、失明のリスクが高くなる」「緑内障、網膜剥離、白内障などのリスクも高まる」という強い言葉は、私自身に刺さりまくった。
だって…!
失明って!!!
それは避けたい。なんとしても避けたい。
「合うコンタクトがなくなって免許が更新できなくなるかも」なんてかわいいもんだ。どうやら私が抱えるリスクはそんなもんじゃないらしい。
ちなみに、本書の内容は私にとって目から鱗の連続だった。
私の近視が進行し続けているのは、ひょっとしてコンタクトやメガネの影響もあるんじゃないかと思われる記載もあった。
380nmの光には近視抑制効果があるらしい
本書を読んでの大発見の一つは、「特定の波長の光が、近視抑制に効果がある」ということ。
「屋外で遊ぶ時間が長い子どもほど近視になりづらい」という研究結果については、前にちらりと聞いたことがあった。
じゃあ屋外にある何が近視を防いでくれるのか。本書によると、特に効果があるのが太陽光に含まれる波長380nmの光らしい。
けど、なんとこの光、世の中のUVカット製品のカットの対象になってしまっているんだとか。
UVカット製品は、たいてい400nm以下の光を一律で省いており。可視光線と紫外線の間のグレーゾーン的な位置付けにある380nmの光も、一緒にカットされている。
つまり。
たとえ朝から晩まで窓際で太陽の光をめいっぱい浴びても、一日中ビーチで日焼けしながら過ごしても、その窓がUVカットだったり、UVカットのコンタクトやメガネをしていたら、近視抑制効果は見込めないことになる。
私が買ったコンタクトやメガネがUVカットだったかどうかは、正直覚えてない。けどもし「UVカット製品もありますがどうしますか?」と聞かれていたら、迷わずそちらを選んでいたはずだ。良かれと思って。
まさか近視を抑制してくれる恵みの光を、自らシャットアウトしていたとは思わずに。
ちなみに著者の研究グループは、JINSメガネと共同で「380nmの光は通しつつその他の有害な紫外線はカットするメガネ」を開発したらしい。
本書が出版された2017年時点では「開発中」と書かれていたメガネが、2025年現在では商品化されていて、しかもオプション料金5500円から手に入るとは。
近視抑制をめぐる商品開発や研究は着実に進んでるんだな、と希望を感じる。
近視は「治らない、治せない」と教わってきた。医療でできることは、メガネやコンタクトを処方したり、角膜を削ったりするくらいだと。
けど、「治らない」とされていた病気に治療法が見つかった例なんていくらでもあるし、最新の研究の恩恵を受けることなくただ失明への道を突き進むのはもったいない。
そう思って私は、著者が顧問をつとめるという「南青山アイクリニック」の「近視進行抑制外来」に予約を入れてみた。
「近視進行抑制」外来へ
南青山アイクリニックは、溜池山王駅前のきれいなビルの2階にあった。
近視進行抑制外来の問診票に目を通すと、「通学時間以外で1日に太陽光を浴びる時間を教えてください」とか、「部活が云々」とか、子どもや学生がメインで想定されているんだろうなという印象を受ける。
近視の大人の需要としてはたぶん、レーシックやIOLが圧倒的に多いんだろう。
実際受付前に座っていると、「手術の日程は〜」とか、「術後の眼帯が〜」とか、手術を受けるらしき患者さんとの会話がひっきりなしに聞こえてくる。
私もレーシックやIOLを検討したことはあるけど、「手術してもどうせすぐに度数が進むんだろうな」と思うと踏み切れずにここまできた。
けど、今から思うとそれで良かった。近視研究が十分に進む前に、UVカットの眼内レンズを手術で埋め込んだりしていなかったのはラッキーだ。
3つの測定値
番号が呼ばれると、怒涛の検査ラッシュ。風船を見たり赤い点を見つめたりCの穴の向きを答えたり、お馴染みの検査が続く。
けど過去の眼科受診と大きく違うのは、検査後に私の「現在地」を数値でしっかり教えてもらえたこと。
教えてもらった数値は3種類あって、「裸眼視力」、「屈折度数(D / ディオプター)」、そして「眼軸長」だった。
裸眼視力
1つ目は、いわゆる視力。「C」の穴の向きを答える検査でおなじみのあれだ。これは左右ともに「0.02」とか「0.03」で、昔から変わっていない。
ちなみにだけど、「0.02」みたいな視力の人は、5m離れたイスからじゃ一番大きいCも見える気配が全くない。
最初は一応、「ぼんやりとでも分からないですかね?」なんて聞かれたりもしたけど、かろうじて分かるのは「もう検査が始まっているらしい」ことぐらい。
ひょっとしたらまだ何も表示されていなくて、スクリーンは白紙かも知れない。けど、何かしら黒っぽいものが表示されているような気がする。うん。どちらかといえば白紙ではなさそう。
みたいなレベルなので、たとえばCの代わりに漢字が書かれていたとしても区別ができない。穴の向きどころじゃない。
こういう人には、Cをより目に近づけた状態で視力測定をしてくれる。1mまで近づいて穴が判別できれば0.02、50cmまで近づかなければ見えない場合は0.01、らしい。
だけど、昔と同じ「0.02」とは言っても、1.4mで見えていたものが1mまで近づかないと見えなくなっているかも知れないし、自信を持って答えられていたものが半分勘でかろうじて当てられる程度になっているかも知れない。近視の進行具合を知るには、あまりにも曖昧すぎる。
そこで、もっと精密に測定した数値の出番となる。
屈折度数(D / ディオプター)
次に教えてもらったのが「屈折度数(D / ディオプター)」。
視力を矯正するのに必要な度数をあらわす数値で、コンタクトレンズの箱なんかにも書いてあるから、目が悪い勢にはお馴染みだと思う。
ちなみに、プラスが遠視、マイナスが近視、-6D以下は強度近視らしい。
私の検査結果は、右が-10.00、左が-9.25だった。
眼軸長
それから眼軸長。
実をいうと、私がこの日一番楽しみにしていたメインディッシュは、この「眼軸長」の検査だった。
眼軸長も前述の本で初めて知った概念だ。
それまで私は、近視とはつまりレンズの問題だと思っていた。収縮して光を屈折させるレンズ(水晶体や毛様体)が凝り固まり、動きが悪くなってしまうのが近視だと。
だけど。
どうやら視力には、目の長さが大きく関わっているらしい。
近視には、レンズの問題で起こる近視のほかに、「軸性近視」というものがあるという。目が変形して奥行きが長くなり、網膜までの距離が長くなっている状態だ。
つまり、レンズがちゃんと仕事をしていたとしても、スクリーンが遠くなっているせいでピントが合わないらしい。
こうなると、単に「視力が悪い」だけじゃ済まされない。
目が変形しているということは、網膜やその血管(脈絡膜)が引き伸ばされ、負担がかかっているということ。
ちなみにこの眼軸長、つまり角膜の頂点から網膜までの長さは、正常な大人で24mm、26mmを超えると強度近視。
そして29mmを超えると、なんと50%の確率で「脈絡網膜萎縮」という病気を発症するらしい。これは脈絡膜と網膜が薄く引き伸ばされて傷んでしまう病気で、失明原因の5位を占めているんだとか。
そんなに大事な眼軸長なのに、これまで私は検査してもらったこともなければ、その概念さえ知らなかった。
「まぁコンタクトつければ見えるし、災害時は不安だけど今はIOLとかもあるし…」と思っていた私の認識をひっくり返し、近視抑制外来に駆け込むきっかけになったのは、この「眼軸長」について知ったことだった。
そして気になる私の眼軸長は…
右28.24mm、左27.78mm。
うん、しっかり強度近視。
危険水域にいるのが数字ではっきり分かった、、、わけだけど、実をいうと安心感の方が大きかった。
だって私がめちゃくちゃ目が悪いなんて、自分が一番よく知ってる。だから今さら「病的近視」の証拠を示されたって別に驚かない。
それより、現在地が数字ではっきり示されたこと。それから、今後数字が悪化していくのか、悪化するならどんなペースで進んでいくのか、定期的に計測できる道筋がたったことが大きかった。
実際、「50%の確率で脈絡網膜萎縮を発症する」レベルと比べたら、1mmほどましだってこともわかったわけだし。
さらに診察室では、
「実際ほとんどの人は、20歳くらいで近視の進行がとまるんです。でも強度近視の方だと、大人になっても進行し続けることがあって…」
とはっきり言ってもらえて、それも安心につながった。
いや、もちろん、知ってた。分かってた。
「大人になれば進行は止まるはず」なんて言われて、「じゃあまだ私は大人じゃないのかな?」なんて思える年齢はとっくに過ぎてる。いくら30歳成人説がささやかれるご時世とはいえ、こちらは40代なのだ。
けど、自分の実感と医療の説明が食い違っているのは、やっぱり落ち着かないものだ。私がいるのは、現在の眼科医療が想定しているケースの外側なのかな、なんて思ってしまう。
その点、きちんと「強度近視だと進み続けることもある」と説明してもらえたことで、あぁやっと、私のようなケースをちゃんと診てくれる病院にめぐりあえたんだな、と思えた。
もちろん、だからといってリスクが軽くなるわけではないし、伸びた眼軸長が元に戻るわけでもない。
けど強度近視をめぐる研究は、おそらく私が子供だった頃よりもだいぶ進んでいる、あるいはこれから進んでいくはずだし、「最新の眼科医療につながれた」だけでもきっと意味はある。
今後の方針
さて。
現時点での医療ではまだ強度近視を治すことはできないわけだけど、「進行を防ぐ治療」としては3種類の方法を説明してもらえた。
1つはオルソケラトロジーといって、寝ている間に特殊なコンタクトを目にはめて角膜の形を矯正するというもの。これはもう少し度数が弱い人向けということで、私はパスすることに。
それから、点眼薬。「子どもでは効果が実証されているけれど、大人ではまだ分からない」のだとか。興味はあったけど、「胎児への影響はわからない」とのことで、妊娠中の私はいったん見送ることにした。
3つ目が、スマホやパソコン等を見る時の目の負担を軽減するという特殊なソフトコンタクトレンズ。今回はこれだけ処方してもらうことになった。
そして定期的な検査。子どもは眼軸長が伸びるのも速いので3ヶ月ごとに検診をしているけれど、「大人は半年に一度で良いでしょう」とのことだったので、半年後にまた受診することにした。
さらに、「視野検査」というものも受けることになった。これは緑内障の初期症状をチェックするもの。現時点で何か自覚症状があるわけではないけど、「強度近視の人は発症リスクが高いから」と勧められた。
ちなみにこの「視野検査」は保険がきくので、自由診療である「近視外来」と同時に受けることはできない。なのでこの検査は、日をあらためてまた予約することに。
最後にお会計。気になるお値段は、1回1万円、4回セットで3万5000円でした。
やはり自由診療なのでそれなりにお値段はするけれど、この目で世界を見続けるための出費だと思えばお安いもんだと思う。私にはまだまだ見るものがたくさんあるのだから。