若年性アルツハイマー型認知症〜前編〜

あたしの父がそう診断を受けたのは、確か5年ぐらい前。結論からいうとこの6年でかなり症状が進んだ。出来ないことが圧倒的に増えた。父は40歳ぐらいの時にあたしという長女を授かった身なので、あたしの同世代と比べると結構なおじいちゃんだ。まだまだ周りには”自分の親が認知症になった”という子はいない(言っていないだけかもしれないけれど)。今後絶対に増えてくる、し、絶対何か誰かの役に立ちそうなので記録として書き進めます。

簡単な病気の説明

まず、”若年性”と聞くと戸田恵梨香とムロツヨシがちょっと前にやっていたドラマのように、とても若い人がなるイメージがあるけれど違います。65歳以下で発症した場合を一般的に”若年性”というみたいです。アルツハイマーというのは、多分認知症の中でも一番多いパターンのやつ。せん妄とかは無いけれど、徐々に色んな記憶が無くなっていく。昔からずっと変わらない知識や行動、ネガティブな感情が最後まで残りやすい。なんとなく自分自身でもおかしくなっていく事が分かりながら進むので、人によっては鬱病も同時に発症すると自分は感じた。”○○型”という部分は何パターンかあるので気になる人は調べてみてね。

認知症確変

父が「病院へ行って検査をする」と自ら言い出した。認知症関係の本には『本人を病院へ連れていくのは至難の技』的な事が書かれていたのに…あの父が…あら、と思った。母から最近様子がおかしい事は聞いていた。あたしもなんとなくそうじゃないかとは思っていた。結果は、タイトルの通り。

父が自ら病院へ行く事を決めたのは、父の母親の事があってだと思う。父の母親もアルツハイマー型認知症だからだ。実家が少し遠いのと、父自身があまり帰りたがらない(多分自分の母親のそういう姿を見たくないんだとは思う)。だから、会う度に酷くなる症状を露骨に感じ、怖さと不安を感じたのだと思う。そもそも父の父親も認知症だった。しかも鬱病を併発したタイプの。認知症は遺伝。結構濃厚な説だと思う。

基礎疾患、糖尿病も父は患っている。そこから網膜剥離を起こして、父は目が見えなくなった。血液系の病気は本当に色んな病気を併発させる。ここからは個人的な考察だけど。昨今認知症患者が急増しつつあるのは、もちろん寿命が長くなったことにも関係はあると思うのだけど、団塊世代、飲めや食えやが美徳だった時代を生きた大人達は、糖尿病率が高い。夜の仕事をしていてその世代の方とお話しすると、結構な確率で糖尿病を患っている人が多い。遺伝×基礎疾患(血液系)→ 【認知症リスクまじで莫大】これを本当にあたしは声を大にして言いたい。

「若年性アルツハイマー型認知症って言われた」「そうだろうね」と病院から帰ってきた父にそう言った後、笑われたのを覚えている。

病気と父の付き合い方

認知症と診断された父は、毎月1万円ぐらいする薬を飲んでいる。進行を抑える薬だ。お年寄りはもう正直飲んでもアレだったりするんだろう。親戚にそれなりに認知症の人はいたけれど、そんな薬の存在は知らなかった。”認知症の進行を抑える薬"を、父は早くに「認知症にならない為の薬を飲んでいる」と仕事関係の知り合いに説明していた。おや?と思った。この違和感はのちに確信へ。

1,2年は、なんとなく「あ、また同じ事聞いたな」がちょいちょいある感じ。銀行の入金作業で数字の入力ミスがたまにある感じ。その程度だったので、母と「薬の威力すごいなあ」と感心していた。行動に関してはこの期間本当に大きな問題も無かった。

ポイント10倍キャンペーン

元々父は感情のコントロールが下手くそな大人で(前記事参照、ADHDな父)、特に怒りの感情がちょっと面倒だった。怒りが『蓄積スタンプカードタイプ』なので、地雷が分からない。それが認知症と診断されてから、増えてしまったのだ。ポイント倍増キャンペーンが始まった。  ”忘れていってしまう不安”、”理解してもらえないであろう悲しみ”、 ”こんなに頑張っているのに認められない怒り”、(父は同意以外は全て全否定として捉える面倒臭いクソ乙女思考なのだ)…いつか別で話すけど、父は長女であるあたしのことが好きだけど嫌いで、 彼の中で一番の悪役ポジなので、いつも地雷のスイッチを押してしまうのはあたし。仕事も一緒にやっている訳だし。最初の頃はまだ、そんな父の中を駆け巡る色んな感情をイラつきながらも察して、同情する事ができた。最初の頃はね。

つづく

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