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緊急帝王切開術を受ける中国人患者を受け持ったときの話
私が看護師1年目で総合病院の手術室で働いていた頃の出来事。
朝出勤してから自分の担当する手術室の麻酔器点検を行い、朝のミーティングでいつも通り今日手術予定の患者の情報共有を看護師全員で確認していた。その日予定では私は朝から幽門側胃切除術の器械出し担当であり、ミーティングが終わりこれから長時間手術が始まるぞーーー気合を入れながら部屋に向かおうとしたとき....手術室の師長が「もうすぐ中国語しか喋れない中国人の緊急カイザーが入るよー部屋準備急いで!!」と叫びながら私を呼び止め、私は急遽そちらの患者の対応を任されることになった。
入職したての頃に自己紹介で外国人と関わるのが好きで外国語の勉強をしていると言ってしまったばかりに外国人患者の担当につけられることが多かった(喜んでます)
中国語から何年も離れていた私は少し不安だったが、師長の指示で麻酔科産婦人科のICに通訳として同席する事となった。彼女と産婦人科病棟で初めて対面し挨拶をした。だが彼女は医療従事者を警戒しており、あまり心を開いていないような様子。『他人は自分を映す鏡、鏡は先に笑わない』という言葉もあり、同じようにムスッとしているようでは一向に心を開いてもらえないと思い出来る限り笑顔で寄り添うような姿勢を心がけた。
案の定医療用語だらけの通訳の役割など全然出来ず、殆どをポケトークを通じて彼女に理解をしてもらった。ポケトークを使っても通じない部分や変な訳になっている部分を自分が知っている中国語を繋げて説明し時間をかけて彼女にどうにか理解をしてもらい同意書を完成させた。
ただでさえお腹が張って重くてしんどくて辛くて、これから出産が待ち構えているという未知への恐怖感の中、唯一病院で頼れる存在の医療従事者に母国語が通じない言語的フラストレーション&手術中は旦那の付き添いが禁止されていることから彼女の孤独感は計り知れず、本当に辛いだろうなと思い常に近くに寄り添えるように傍を離れないようにした。
私も留学して間もない頃の冬にインフルエンザに重複感染し、身体がしんどい中言葉が十分に通じない環境の中で病院で辛い経験をしたことがあったので、痛いほど妊婦さんの気持ちがわかった。日本ではインフルエンザになると学校は必ず学校保健安全法で5日間は休むようになっているが、当時留学していた台湾ではそういった出席停止期間は設けられておらず、こちらの進学校の生徒は日本の生徒のようにすぐに学校を休む習慣がないこともあり、ホストファミリーからは「え、そんなくらいで休もうと思ってるんだ」みたいなサボっているような扱いを受け(実際言われた訳じゃないけれど私はそう捉えた)、家族の反応で自分がすぐ学校を休む駄目人間のような気持ちになりカルチャーショックを受け病んだことがあった。
彼女には手術中から退院を迎えるまで、なんなら帰国するまで同じ思いをできるだけさせないようにしたいと思った。
そのままストレッチャーで手術室へ搬送し、緊急帝王切開を開始した。私が清潔になると寄り添えないand私は当時カイザーの外回りの自立を貰えていなかったため、アシストとして脊椎麻酔時の体位確保やどこまで麻酔が効いているかの確認等行った。緊急オペであったこともあり産婦人科医たちのメス捌きは素早くあっという間に胎児娩出となり、産まれた瞬間その場にいた医師と看護師みんなでおめでとうございます。恭喜你(ごんすーにー)ーーー💗とお祝いをした。彼女は出産の疲れやいろいろな気疲れで寝てしまい、私はその後別の手術の担当にうつった。
その日の勤務後私は中国人の産褥文化について勉強をした。同時に今回の症例に合致する看護理論家のマデリン,M レイニンガーの文化的ケア理論についても復習をした。
それから毎日仕事終わりに術後訪問として産婦人科病棟へ足を運びコミュニケーションを図った。
「毎日頑張っておっぱいをあげているのに赤ちゃんの体重が減っていくから心配」という彼女に「どの赤ちゃんもみんな生まれて数日間は体重が減る期間があるから(生理的体重減少)この子だけじゃない。心配しなくて大丈夫です」
「体重がなかなか減らないの大きな赤ちゃんを産んだのにね」と笑う彼女に「術後の侵襲で一時的に身体に水分が溜まりやすくなっているだけで、太ってきたというわけではないので安心してください。毎日頑張ってるから大丈夫ですよ」と声掛けし母親の自己肯定感を上げる関わりを意識した。他にも今困っている事、退院後の環境、子育てを手伝ってくれる人がいるかどうか、自分が勉強した内容で彼女が快適な入院生活を過ごせる方法などを、彼女の担当看護師に情報共有した。
産後ケア事業等の社会資源については外国人向けのものがなく、申し訳ない気持ちになったりもした。とにかく今だけじゃなくて退院後困らないように入院中私が今何をできるかを考えていた。
中国には坐月子(ズォユエズ)という1ヶ月間は母体を休ませるために栄養を有るものを食べて、冷たい飲み物は禁止し薬膳スープを飲む文化がある。その期間はシャワーを浴びず、外出せず、授乳時間以外は寝たきりになるというもの。
一方日本の医療現場では開腹をしたにも関わらず翌日にはDVT予防等の為にバイタルサインを確認しながら早期離床を促すのが当たり前。
カイザーの場合大体1週間ほどで退院し、里帰りせずかつ夫の協力が得れない場合には、生活のために1ヶ月経つ前から外出をしたり家事を始めたりというケースもある。
中国語で生まれ育った彼女にとってここでカルチャーショックが起きてしまわないか心配であったが、彼女曰く「坐月子は中国のかなり古い文化or古い地域に根付いているものだよ。私は全然シャワー浴びたいし洗髪をしたい、いつもどおり生活したい。」とのこと。
異文化を学ぶことも大事だが、その文化はその患者さんにとって重要であるかどうかもコミュニケーションから得て、こちらのお節介や憶測で一方的にならないように相手のニーズをキャッチし、施設側看護者側が可能な範囲でその患者さんにとってストレスなく過ごせる入院環境を整える事が大事だということを学んだ。
そうして、最初は日本で子供を産むことを良く思っておらず、医療従事者に対しても警戒していた彼女が、日々関わっていく上で徐々に心を開いてくださった。心理面だけでなく身体の面も産褥相応の退行性変化進行性変化を辿ることができ、最終日には「安心して入院生活が送れた、あなたが居てくれてよかった。」と言って笑顔で退院していった。
日々忙しく淡々と業務をする中で看護観を見失いかけていたとき、自分が本当にやりたかった看護ができて嬉しかったという素敵な思い出。
助産師になる夢を諦めて第二希望の手術室へ来たけれど、憧れていた産婦人科領域の看護に少しでも携わる事ができた喜びも感じれた。はぁやっぱり母性看護って素敵だなぁ〜🌸って思えた。
今後また外国人に看護をするときには文化や宗教に沿った温かみのある柔軟な思考で看護ができるように、様々な海外の文化や言語について学習を深めていきたいと思う。