岩波ホールの閉館について　大阪で感じたこ

　岩波ホールが新型コロナウイルス下での経営不振で閉館を決めた。驚いた人も多いだろう。商業ベースでは紹介されない途上国の伸び盛りの監督、独裁政権下では公開を許されなかった映画、ほか人類遺産ともいえる映画を数多く紹介してきた功績は大きい。

　個人的な話だが会社の昼休みは神保町にランチがてら古本をあさりにいくのを楽しみにしていた。岩波ホール横の壁に大きく映画のポスターが掲げられているのは、ネット全盛の世の中にあっても神保町が文化の発信地であることを示すもの。行くことはめったになかったが、どんな映画が上映されているのか見るのは楽しかった。

　さて大阪である。私は２年前にこちらに志願して転勤してきた。出張や観光旅行ではいまひとつ印象が薄かった。曰く、大阪城以外目立った観光地がない、吉本の劇場はいつも混んでいてすごく並ぶ、ユニバーサルスタジオができてようやく遊びに行けるところができた、と。

　長期滞在していてしっているはずの同僚の転勤族でさえ、休日に子どもを連れて行けるようなショッピングセンターがなく過ごしにくかったという声も多く聞いた。

　たしかに難波と梅田を除けば大きな映画館もないし、イトーヨーカドーは阿倍野に１軒、東急ハンズは江坂に行かないとない、買い物に行くのは近所の商店街で言葉になじまないだろう。

　でも二つだけ私が発見したことがある。

　一つ目はこの街ではふつうにあるオフィス部屋が映画館になったりコンサート会場になったり写真会場になったり変幻自在に使われることだ。

　あと二つ目は、人々は有名なタレントにはそれほど興味がなく、自分たちがでることを優先していることだ。

　これには解説が必要だろう。
　一つ目の場所だが、先日訪れた銭湯の看板の横で写真展示会の案内が掲げてあった。「？」とおもって銭湯に入ると壁一面にフリーの写真家の作品がずらっと貼り付けられていたことだ。銭湯なので一部は湯気ではがれかけているがそんなことはお構いなし。売り込んだ写真家も写真家だがそれを受け入れた銭湯も銭湯。殺風景な風呂の壁に作品がかかげてあるのは楽しかった。
　また西成の商店街ではいまは使われていない酒屋の店先で夜11時まで（西成ではこの時間まで許容範囲らしい）激しいロックのコンサートが開かれていたり、喫茶店で客がギターを好きに弾き出したのを目撃したことがある。

　ちょっとでも音を出すと眉間にしわを寄せて「しっ」と注意するようなひとはいない。「面白かったらええヤン」。こうして大阪人は自分の作品を発表する経験値をぐんぐん上げて、街角で鍛えた巧みなトークで東京のテレビ番組をどんどん占領していく。

　二番目の「自分が出ること」だが、街であちこちでプロレス興行や映画のポスターが貼られているが、一つ気づいたのは有名人が誰もいないと言うことだ。近所のおばちゃんや町内で評判の美人と思われるひとが自由にポーズを取って撮影したカンフー映画だったが、なかなか様になっている。

　また近所の西成の公園でＤＪが取り仕切る路上ライブが行われていたが、紹介されていた曲はすべて知らない曲。ただ地元の青少年はふだんからラジオをチェックしているのだろうか、「私知ってるー」と歓声を上げていた。

　岩波ホールがなくなったと聞いたら「文化が終わった！」と騒ぎ出す東京、もとから岩波ホール自体がなく「自分たちで好きなのやったらええヤン」と勝手にライブをやり出す大阪。

　これはアイドルでも同様で、「ＡＫＢ」オーディションに通るために血相を変えてレッスンに通う東京と比べて、こちら大阪日本橋の地下アイドルライブは踊りもバラバラでどことなくゆるい。きょうはじめてライブに行ってきたが、ちょっぴり体格のいい子や、めがねをかけてＰＴＡ会長のような大人っぽさをかもしだす子など、いろいろいてバリエーションが楽しめた。
　なによりデビューしている彼女たちが「ライブって楽しいね」とよろこんでいて、今回の経験値をもとに次回に向けて頑張る気が満々なのだ。

　努力しようとしている子はどんどんキレイになる。人間はいつでも変われる。東京のように「踊りがなっていない」「○○ちゃんが変だ」と真っ先に点数をつけられるようなことはない。見る方も安い入場料でそれなりに楽しんでいた。ちなみに私の見たのは1200円、２ドリンク付き。ドリンクは缶ビールなどもあって実質的に千円以内で４時間のライブを楽しめた。

　ここでは「ＡＫＢのオーディションに通らないとアイドルになれない」と考えている女の子は１人もいない。大阪の女性はさっさと企画してさっさを会場を借りてさっさと踊って満足して次のステップに進んでいく。

　そう、岩波ホールがなくても。どこでも勝手に上映すればいいし、もっといえば自分でどんどん撮影して経験値を積めばいいのだ。