#3-2 長短どちらもー長文

 あの圭介が意地になってそんなことを言い張るなんて家族のうちの誰も想像していなかったが、ただでさえ去年はハワイの式場をキャンセルしていた経緯もあって、兄と弟はいつも頼れるこの次男坊に「やめとけ」とはあまり強く言えず、塾をしている母親だけがさすがに無理だと諫めたけれど、向こうの親へのメンツもあってか息子はどうにも耳をかす気がこれっぽちもないとみたので、小さなチャペルを貸し切ることでなんとか最低ラインはクリア、画面もクリア、これはこれでよかったのかも、それなムービー記念になるし、車の中で囁き合ってスマホ画面に手を振る兄弟、向こうにモニタがないことは知らず、タキシード姿の圭介が画面の中で指輪を交わし賛美歌みたいなのが始まって、健吾と克也は煙草を吸いに外へ出て漏れ聞こえてくる祝福の音楽をスピーカー通さず味わいながら、吐いた煙に誘われて見上げた空は雲ひとつなく、平和じゃんとか言ったりしてみて、おめでとーおめでとー、チャペルに向けて叫んでみると、車の中から母親が「やめろ」と怒鳴り、前に停まってるベンツの中で向こうの親が眉をすがめて、健吾はそれに目敏く気づき、圭介これから苦労するわと、煙草をもみ消しうんと伸びしてマスクをつけ直し、カランコロンと鐘がなったら、ベンツが発進、すぐに見えなくなり、リモート結婚式は終わりに近づいていて、ドンドンと車の窓が内から叩かれ、驚いて見ると鼻水垂らして泣きじゃくる母、健吾は爆笑、スマホを取り出しカメラを起動、車の窓が下り「スピーチ」とひとことだけ声を震わせる母、慌てて車内に戻ったが、聞こえてきたのはスタッフか誰かの拍手だったので、もう終わったのかと落胆すると、三台のスマホが同時に鳴って、圭介からのメッセージ「妻のお腹に新たな命を授かりました!」と、三人の声が重なって、興奮した健吾が車の天井に頭をぶつけ、それを支えた母親が肘でクラクションを鳴らし、背後からベンツが戻ってきてはさっきと同じ場所に急停車、クラクションのお返事までよこしたのだった。

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