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大人の”旅育”で自分を楽しく育てる―旅で固定観念を壊して豊かに生きる

この記事は、編集ライター養成講座の卒業制作として、私自身で企画・取材・執筆を行った記事になります。

編集ライター養成講座
https://www.sendenkaigi.com/class/detail/editor_writer_s.php


旅の挑戦は変化を生み出す

「僕たちは、これまでの経験でガイドがないとダメだって思い込んでいる。本当は自由にやりたい、興味のあるものに触れたい、と自分で気づく体験が旅の入口になると思います」。
そう語るのは、バックパッカー育成プログラム「タビイク」の引率スタッフとして、150人以上の旅のサポートをしてきた佐野大地さんだ。

“タビイク”でバックパッカーのサポートをしてきた、佐野大地さん。


今世間に 「旅育」という言葉が少しずつ広まっている。「旅の体験を通して人間性を育てる」という定義で使われていることが多い。この「旅育」という言葉をそのまま名前にしたバックパッカー育成企画「タビイク」は、Backpackers Productionが運営する現地実践プログラムだ。プログラム参加者は、バックパッカー経験豊富な引率スタッフ同行のもと、宿の取り方や交通機関の利用方法などを教わって、すぐに実践。6日間かけて、海外旅のトレーニングを行っていく。

“タビイク”参加者は、タイやインドなどで海外旅のトレーニングを行っていく。

「『タビイク』の参加者の年代は様々です。割合としては大学生が一番多いですが、社会人もいますし、最年少だと中学3年生の男の子もいました。引率スタッフとして参加者を見ていると、6日間の中でも参加者に前向きな変化を感じることはよくありますね。変化を感じやすいタイミングは大きく二つです。一つは、こんなこと自分でできるんだと思える体験をしたとき。例えば、現地でその日の宿を取るなんて考えられなかったけど、街を歩いて宿を探してみたら結構楽しかったとか。そう感じたタイミングで、もっとできるかもという挑戦心の高まりを感じたり、翌日以降の行動で変化を感じたりします。もう一つは、自分のことを話すとき。プログラムの中では、一人旅の練習段階として2人や3人で旅をする日を設けていて、帰ってきてみんなで体験のシェアをする時間を設けています。今日の出来事の中で感じたことや、旅の中でどんな行動を選択したか理由を聞いていくと、だんだんとその人の深いところの話になっていくんです。自分自身がどんな風に生きてきたかとか、これからどんなことがしたいかとかを話すようになる。そういう話をして、聞いてもらっている中で、自分ってこんな風に思っているんだと気付いて、こういうことがやりたいとすごくリアルに感じる瞬間があるんです。こういうことができるのかもしれない、挑戦したいと思い始めると、声に張りが出てきて、語る内容にも想いがこもってくる。こちらにも伝わってくるものが沢山あります」。
文化や言語が違う未知の土地では、いつものやり方は通用しない。どうにかしようと普段と違うやり方を試していくことが発見につながる。そして、その発見は自信になる。佐野さん自身も、旅をする中でこの考え方が培われたと感じているそうだ。
娯楽の旅行に、挑戦や新たな体験、人と時間を共有する要素を加えてみる。そうすると、旅行は“旅育”として機能しはじめ、旅する人に変化をもたらしはじめるのだ。

旅育の達人に学ぶ人間力の育て方

「タビイク」は主に大人をメインターゲットとしたプログラムだ。だが、世間的には「旅育」は子どもを対象としたものという認識が強い。旅行会社や宿泊施設からは、旅育プランとして親子連れ対象の体験プログラムが多く展開されている。
8歳と5歳の娘と共に20か国を旅してきた古谷優さんは、まさに旅を通して子どもを育てる「旅育」の実践者だ。古谷さんは、旅にあたりこんなルールを決めているそうだ。

2人の娘と旅をする、古谷優さん。


「我が家では、旅先での食事は現地のものを食べるようにしています。馴染みの少ないエキゾチックなものだと、カタツムリやヤギの頭なども。娘たちは、国ごとに食べ物が違うことを理解していて、旅行前にはどんな食べ物があるか楽しみにしています。たいていのものは抵抗なく美味しく食べていま
すし、苦手なものもお皿に取り分けた分は食べていますね。世界には飢餓で亡くなる子どもたちもいる中で、好き嫌いをしたり、見慣れない食べ物に嫌な顔をしたりするのはよくないと普段から話しているのもあると思います」。

モロッコのB級グルメ、ヤギの頭を食べる娘さんたち。


また、食に関する旅育のエピソードとして、こんなエピソードも。
「カタールに行った時は、イスラム教徒が日中ずっと断食をする『ラマダン』の時期だと到着してから知りました。ラマダンの時期はほとんどの飲食店が日没まで開かず、日中公共の場では、水分を含めすべての飲食が禁止されます。スイーツ休憩や食べ歩きが大好きな娘たちにとってはとても大変なことでした。でも、ラマダンの時期にカタールを旅することができるのはなかなかないことだと思い、娘たちと一緒にラマダンについて勉強しました。ラマダンって何?なんで食べちゃいけないの?といった初歩的なことから、日本にはなんでラマダンがないの?といった宗教観にまつわるものまで、親子で話したりリサーチしたり。娘たちが自分なりに理解したあとは、公共の場でおやつをねだったりすることはなくなりました。まだ年齢的に深くは理解していないと思いますが、異文化を理解・尊重する体験ができたのは、今後の人生観の土台作りにいい影響になったのではないかと感じています」。
特殊な体験だが、取材時に近くにいた娘さんに一番楽しかった旅を聞いてみると「カタール」と真っ先に答えてくれた。旅での予想外のハプニングが、楽しく学ぶ機会に変換された旅育の好例だ。

古谷さんがカタールを訪れた時は、”ラマダン”の期間だった。


 観光スポットだけではなく、現地住民が暮らしている街を歩き回るのも古谷さんの旅育ルールだそうだ。
「目的地を決めず歩いていると、思いがけない美しい風景に出会えたり、その土地の生活に根付いた小さな店を見つけられたりします。現地の生活感を感じる瞬間はとても魅力的で、あとからこういった瞬間を思い出すことは多いですね」。
自分自身も日々行っている「暮らす」という行為が、その土地ではどのようになされているのか。その違いを肌で感じることが、その土地の文化の根っこに触れる体験となるのだろう。
「旅の経験を通して、子どもたちは色んな力を育んでいると感じます。わかりやすい部分で言えば、世界に対する認識の解像度の高さ。世界の国名と経験が結びついているので、その土地の名産品や有名なものも実感をもって理解できていそうです。違う土地の見知らぬ人と出会う経験を小さいころから多くしてきたので、人見知りをせずに初めて出会った人とも臆することなく会話できています。あとは、多様性を受け入れる力。例えばドイツでは、街中で当たり前に男性同士のカップルが手を繋いで歩いていたりしますが普通に受け入れています。これからを生きる子どもを育てる親として、いいなと思っています」。
コミュニケーション能力、適応能力、多様性を受け入れる力。子どもはもちろん、現代を生きる人間として育みたい能力がずらりと並んでいる。
「親子での旅に限らず、大人の旅でも通ずる部分は大きいと思います。先ほどお話した我が家のルール『現地住民が暮らしている街を歩き回る』というのは大人にもおすすめです。あとは、気になる・行きたいと思ったところは自分で調べて行ってみること。観光名所だけでなく、その街自体を楽しむことが大人の旅育として取り入れられるポイントだと思います」。

固定観念を壊す旅が自分を豊かにする

年齢を重ねている大人だからこそ得られる旅育の効果もあると、「タビイク」の経験から佐野さんは語る。
「大人の旅育にとってのキーワードは『アンラーニング』。今まで当たり前だ、常識だと思っていたことをほどいて、新たなものに入れ替えていくということです。人生において、自分が改めてどうやって生きていきたいのかを考え直すタイミングは誰しもあると思います。例えば、40代で子どもが大きくなって子育てがひと段落したタイミングで、改めて自分が生きる意味を問われる。その時に感じる焦りや不安を、ミドルエイジクライシスと言ったりもしますね。これまで、学校で教育を受けて明確な正解を教えられて、その答えを自分のものとして人生を生きてきています。でも、正解のない問いに答えを出すために今まで正解だと言われていたものにくさびを打って、自分の答えを見つけ直していく必要がある。『アンラーニング』する環境が必要なんです」。
40代に限らず、自分はこのままではいいのだろうか、どう生きたいのだろうかと思い悩む経験は、誰しも心当たりがあるのではないだろうか。そのような状況に陥ったときに、旅がアンラーニングするための環境になる可能性を秘めているという。
「アンラーニングするためのポイントは『社会を見る』ことだと思います。国外に限らず国内でも、旅先には必ず社会が作られている。社会というと少し広いですが、教育とか、政治、食、ビジネスの在り方や人の暮らし方とか、いろんな切り口があります。例えば、デンマークにはHygge(ヒュッゲ)という言葉があります。これは日本語にはない言葉で、自分のリラックスする時間、居心地のいい空間といった意味合いです。そういった言葉がある文化、社会の在り方に触れた時に自分の生きている社会とのコントラストが生まれるんですよね。日本でカフェに入ると、パソコンを開いて仕事をしている人がいっぱいいるけれど、北欧だとゆっくりとおしゃべりをしている人が沢山いる。その光景を見て、おしゃべりの時間を楽しんでいるように自分の目には映ることとか、自分がどう思うかというのが、自分の心の奥に眠っている想い・願いを浮き上がらせるヒントになると思います」。
社会を知識として「知る」だけではなく、その場で「体験する」ことができるのも旅の特徴だろう。一つの社会で長年暮らす中で無意識のうちに染み付いた固定観念は、知識ではなかなか覆らない。旅で全く違う社会の中に入り込んで、自分が想像していなかった反応がごく当たり前に返ってきたときに、納得感をもって固定観念を崩すことができる。
「デンマークだと、高校を卒業してギャップイヤー(進学・就職せずに自己研鑽や社会体験にあてる空白期間)を取る人が大半を占めます。日本だと高校卒業してどうするの、と聞かれたらどこそこの大学に行くと答えるのが定石だけれど、デンマークではその会話の前提が違う。自分が会話の中に入って違いを体験した時に、ほどけるものがあると思います」。
アンラーニングを繰り返し、自分の想いに触れることを重ねることは、幸せに人生を歩む力を育むことに通ずるという。しかし、幸せに生きる力というのは漠然としていて、急に怪しく感じられてしまう。そこで、少し角度を変えて学問的なアプローチから幸せに生きる力について掘り下げてみよう。
幸福についての学問、幸福学の研究は各国で進められている。米国の経済学者ロバート・フランク氏は、人間の持っているものを「地位財」と「非地位財」という二つに分けて考えることを提唱した。「地位財」とは、周囲との比較によって満足を得る財産のこと。お金や家などのモノ、社会的地位など、目に見えるものが地位財に分類される。対して「非地位財」は、周囲との比較なしに満足を得ることができる財産のことで、健康や自主性、自由や愛などが分類される。
「地位財」と「非地位財」について、心理学者のダニエル・ネトル氏は著書「目からウロコの幸福学」で、幸福の持続性が異なると述べている。「地位財」による幸福は可視化しやすく、大きな幸福を得やすいが、短期間しか持続しない。例えば、憧れの高級車を手に入れても、新型が出たり、もっといい高級車を持っている人と比較したりすると満足度が下がってしまう。一方、「非地位財」は比較ができないため、わかりやすい大きな幸福を得ることはできないが、幸福が持続しやすい。

地位財と非地位財の比較。


人生を幸せに歩むためには、持続性のある「非地位財」の方が大切なわけだが、人はついつい「地位財」の獲得に走ってしまう。その理由についてフランク氏は、人間という生き物が自然淘汰の中で勝ち残って進化してきた生物だからだと説明している。子孫を残すために重要なのは、競争に打ち勝つこと。だから、競争に勝つと人間は本能的に幸福を感じるようになっている。「地位財」を獲得しようとすることは、ごく自然なことだということだ。その欲求に打ち勝ち、「非地位財」を追求する力が、幸せな人生を歩む力と言えるだろう。
ここで旅の話に立ち返ってみると、旅の経験はまさに「非地位財」を増やすことと言えるだろう。佐野さんも、「地位財」と「非地位財」について触れながら旅で育まれる力について、こう語っている。
「資本主義社会にどっぷり浸かっていると、『地位財』を沢山持っている人が上位層になります。ただ、そこに重きを置いていない社会もある。いろんな社会に触れると、誰が何をどれくらい大切にしているかというのに触れることになるから、自分はどうなのか、何を大切にしたいのかというのが浮かび上がってくるんです」。
旅はその経験自体が「非地位財」であると同時に、今後の人生において「非地位財」を追求するための指針を得る助けになるということだ。これが旅を通して人間性を育てる、大人の旅育の根幹と言えるだろう。

大切なのはセレンディピティに溢れていること

 旅育を実践したいと思っても、いきなり海外に行くというのはなかなかハードルが高い。もちろん、文化に触れる、社会を見るという点において大きな変化が得やすいのは海外旅であることには違いない。だが、必ずしもそこに捉われることもないという。

「旅の中の時間はセレンディピティに溢れている。そこが旅の魅力の一つだと思っています」。セレンディピティとは、「素敵な偶然の出会い」や「予想外の発見」を意味する言葉だ。そこから発展して、「幸運な偶然を引き寄せる力」という意味で使われることもある。

「自分にとって馴染みのある環境の中で、馴染みのある人たちと話すことは、いつも通りのことになりがちだと思います。でも、セレンディピティに溢れた環境にいると、自分の話すこともいつもと違うことになったり、いつもなら話さないようなことを話すことが、むしろ自然になったりするんですよね」。

行動の変化によってもたらされる自分の変化こそが、旅育において一番大切なところだと言えるだろう。

「旅をするって、本来は物理的に自分をどこかに移動させることだと思います。でも必ずしもそれだけではなくて。例えば、日常の中で新しい発見がしたくて、通勤の道を毎週変えている人がいると聞いたことがあります。違う電車に乗ったり、歩く道を変えてみたり。それは、日常の中に旅的感覚を取り入れたライフスタイルだと言えると思います」。

 旅に出る際に誰と行くかについても、捉われる必要はないという。

「一人旅にも複数人の旅にもそれぞれ良さがあります。一人の時の良さは遮られないところですね。日常の中で、誰にも遮られない時間は意外と少ない。何にも遮られずに、自分のやりたいこと、感じたいことを最後までやりきれるのは一人旅の魅力です。逆に、複数人の旅では色んな人のものの見方、感じ方が入ってきます。同じ体験をしていても、違ったものの見え方に気づくことができたり、自分が発した言葉を受け取ってくれる人がいるのは、複数人ならではだと思います」。

一人で踏み出すのが怖い、誰かと時間を合わせるのが難しい、そんなことを気に病む必要はない。自分がどうしたいのか、ガイドなしで決めていく過程自体にも意味がある。

少し思い浮かべてみて欲しい。ちょっと気になっていたあの街、憧れのあの場所。隣町の行ったことない定食屋さんでもいい。セレンディピティを求めて初めての場所を冒険してみる。その瞬間からもう旅育は始まっているのだ。

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