遠くまで行くために必要な三つの力
西和彦が自身の半生をつづった『反省記』(ダイヤモンド社、2020年)を読んでいる。西はマイクロソフト米国本社の副社長としてビル・ゲイツらとともに帝国の礎を築いた一人だ。
天才と言われることもあった西は自分を凡人だという。同書では、凡人が天才に勝つために必要な二つの力を示している。
天才の条件とは、99%の努力と1%のひらめきだとよく言われるが、それに勝つために、凡人の僕にできるのは、1%のひらめきを100%にする圧倒的な努力しかない。そして、その努力とは、英語でいうフォーカス・イン(集中)である。僕は、集中力と持続力を振り絞って世界と戦うと心に決めたのだ。
出典:西和彦『反省記』(ダイヤモンド社、2020年)
「集中力」と「持続力」。この二つこそが、凡人に必要なもの。
一方、作家の村上春樹も同じようなことを言っている。
才能の次に、小説家にとって何が重要な資質かと問われれば、迷うことなく集中力をあげる。自分の持っている限られた量の才能を、必要な一点に集約して注ぎ込める能力。これがなければ、大事なことは何も達成できない。
(中略)
集中力の次に必要なものは持続力だ。一日に三時間か四時間、意識を集中して執筆できたとしても、一週間続けたら疲れ果ててしまいましたというのでは、長い作品は書けない。
出典:村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋、2010年)
「才能」は本人にはコントロールできないものだが、「集中力」と「持続力」はトレーニングによって獲得し、向上させていくことができる、と村上は指摘している。
他方、日本プロ野球および米国メジャーリーグベースボールで活躍したイチローは、こう考えている。
「人より頑張ることなんてとてもできない。あくまでもはかりは自分の中にある。それで自分なりに、そのはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていく、ということを繰り返していく。そうするといつの日か、こんな状態になっているんだ、っていう状態になって」
出典:丹羽正善『イチローフィールド』(日本経済新聞出版社、2020年)
「限界を見ながら、ちょっと超えていく」というのは、今の自分のすべてを出し切った上でさらに一歩前にいくということであり、極めて集中力を要する行為だ。これを続けることで、イチローは両球界における通算最多安打数でギネス世界記録に認定されるほどの実績を残した。
このようにみてくると、分野は違えど、大きな成果を生み出すためには「集中力」と「持続力」が大事なことのように思える。
しかし、この二つよりも大事なことが一つある。西も村上もイチローもそのことに触れていなかったように思う。おそらく彼らにとっては当たり前のことであり、自覚的な行為ではなかったからだろう。
「集中力」と「持続力」よりも大事な能力は「選択力」だ。
西も村上もイチローも、集中を持続させることを厭わない、自身を成長させるのに最適な場を選んだことこそが、彼らが彼らなりの仕事をやり遂げた(やり遂げつつある)最大の要因ではないか。
野球に対して集中力と持続力を発揮できれば、西も村上もイチローのような実績を残すことができた”のかもしれない”が、西も村上も野球という場ではイチローのように集中し続けることはできなかっただろう。
人がどれだけの成果を生み出せるかは、自分に備わっているものを活かせる適切な場を選択できるかどうか、そしてその場でどれだけ集中し続けることができるかどうかにかかっている。
「集中し続ける」ことを「情熱」と言い換えることもできる。継続した集中の総量をわれわれは情熱と呼ぶ。そして、対象への情熱を具現化したものが集中し続ける姿である。
このように考えると、「成果」とは「場と情熱のかけ算から得られる面積」と定義できる。つまり、成果は選択力と集中力と持続力から生み出される。
成果 = 場 ✕ 情熱
成果 = 選択力 ✕ (集中力 ✕ 持続力)
ここで注意が必要なのは、「選択力」「集中力」「持続力」の優先順位を間違えないこと。もっと優先すべきは「選択力」、そして「集中力」、最後に「持続力」だ。
選択力 > 集中力 > 持続力
集中力と持続力から構成される情熱を大量にそそぎ込むためには事前に適切な場が選択できていなくてはならない。情熱を賭けるに値する場を選ぶことが先決だ。
自分にとって不適切な場で集中し続けることは苦しい。意志の力で無理やり続けることはできるかもしれないが、それによって得られる成果は極めて小さいだろう。
そして、そのことに気がついたときには時間は過ぎ去っている。その後に適切な場でいかに集中しようとも、持続するための時間が残っていないのだ。
得られる成果を最大にするためには、集中し続ける時間を確保しなければならない。そこで情熱を注ぎ込む場の選択が最優先となる。その際に必要なものが「選択力」だ。
自分は自分以外のものにはなれない。僕もあなたも、西和彦/村上春樹/イチローにはなれない。できることは自分自身であり続けることだけ。
その自分をどこまで遠くへ運べるか。それは、適切な場を選ぶことから始まる。あとは、一歩前に踏み出す。そして次の一歩を重ねていく。必要なことはこれだけだ。