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怪異蒐集 『クロネコ様』

■話者:Cさん、自営業、30代
■記述者:火野水鳥

 Cさんが通っていた小学校でクロネコ様が大流行したことがあった。
 
 クロネコ様というのは、いわゆるこっくりさんで、みたま市では『クロネコ様』という名称で行われることが多い。休み時間になると誰もが仲間内で集まって、他愛のないことを質問したものだった。

 その頃、Cさんはある女子グループに属していた。そのグループのリーダーはMちゃんと言って、街で大きな商店を経営する両親と、小学生にしては大人びた容姿を持った、クラスの女王的な女の子だった。
 
 Mちゃんの機嫌を損ねるといじめの標的にされるので、誰もがMちゃんのことを恐れていた。Cさんは表面的には仲良く振る舞いながらも、その他の生徒と同じく、心の中ではMちゃんを恐れていた。

 Mちゃんのグループでもクロネコ様をしていた。十円玉はいつもあからさまに誰かが動かしているように動くだけだったが、みんなそういうものだとわかっていたし、文句を言う者はいなかった。

 ただ、ある時期から十円玉がおかしな動きをするようになった。それは、Sちゃんのとある質問がきっかけだった。

 Sちゃんは背の小さな大人しい女の子で、以前はクラスでいじめられていたが、いつしかMちゃんの子分のように動くようになり、Mちゃんのグループの一員になっていた。

「Mちゃんのことを嫌っているのは誰ですか?」

 Sちゃんの質問に、メンバーが息を潜めた。Mちゃんが怒ると思ったからだ。でもMちゃんは質問に興味を持ったようで、異論は挟まなかった。既にクラスに歯向かう者もいないMちゃんは退屈だったようで、新しいいじめのターゲットを見つけようと考えたのかもしれない。

 十円玉は動かず、みんなはホッとした。そのとき、小刻みに十円玉が震えて、普段よりも早い速度で動き始めた。今までと違って、引っ張られるような気味の悪い動きだったという。

 十円玉はAちゃんの名前を指した。Mちゃんほどでないにしても、大人びた勝気な性格な女の子で、正面切ってMちゃんに歯向かうわけではないが、Mちゃんと逆の意見を言うことの多い子だった。

「Aちゃんをどうしたらいいですか?」

 Sちゃんの言葉に、十円玉はまた動き出した。

「みず」

 その後、MちゃんはAちゃんをトイレの個室に閉じ込めて、ホースで水をかけた。泣いて許しを請うAちゃんに気を良くしたのか、Mちゃんは翌日も同じような質問を求めた。

「Mちゃんの悪口を言っているのは誰ですか?」

 Sちゃんの質問にクロネコ様はクラスの女子の名前を告げ、Mちゃんはその子をいじめのターゲットにする、それが繰り返されるようになった。CさんたちはMちゃんに逆らうことも出来ず、ただ次の生贄を探すためにクロネコ様を続けた。

 ある日、放課後になって帰ろうと廊下を折れると、クロネコ様の命令でMちゃんに体操着を汚された女の子が、半べそをかきながら体操着を洗っていた。
 
 声をかけようと思ったが、味方をすれば自分が同じ目に合う、そう思って引き返そうとした時に、反対側の角からSちゃんが覗きこんでいるのが見えた。その顔は、ニタニタと笑っていた。

 Mちゃんのグループに入る前に、Sちゃんはいじめられていた。そう言えば、クロネコ様によって名前を告げられる女の子は、前にSちゃんをいじめていた子のような気がした。

 それ以来、CさんはなんとなくSちゃんを避け、クロネコ様にも理由をつけて参加しないようになった。それでもクロネコ様は続けられ、毎日生贄が選ばれた。教室は、まるで見えない悪意が空中を飛び交っているような、重苦しい空気が流れるようになった。

 そんなある日、Cさんは学校から帰る途中でSちゃんを見かけた。

 帰り道の途中に猫地蔵が入った社があるのだが、その社の前に、Sちゃんが背を向けてしゃがみこんでいた。
 
 Sちゃんの家はこちらでは無い。ここで何をしているんだろう。そう思って立ち止まると、Sちゃんの足元に何かが散らばっているのが見えた。
 
 それは猫地蔵に備えてある食べ物の欠片だった。Sちゃんはお供えものを素手で掴んで、頬張っていたのだ。異様な光景に、思わず息を呑んだ。
 
 その音にSちゃんが振り返る。Cさんは慌てて逃げ出した。見つかってはいけないような気がしたからだ。
 
 翌日のSちゃんは変わった様子もなく、普段通りに見えた。そしてCさんは、いったい何をしていたのか、Sちゃんに聞くことができなかった。
 
 その後、学校ではクロネコ様が禁止になった。授業をサボってクロネコ様に興じるグループが出てきたため、先生から禁止の命令が出たのだ。そしてみんな少しずつクロネコ様から興味を無くし、Mちゃんの生贄を探すゲームも終わった。

 あの十円玉はたぶん、Sちゃんが動かしていたのだろう。でも逃げる間際に見えたSちゃんの顔が、赤い目の中に縦長の三日月が入った、まるで猫のような目をしていたことを思い出すと、Sちゃん以外の何かが、Sちゃんの体を使って動かしていたのかもしれないと、Cさんは思うのだという。


■メモ
・中学校のときに超流行った。で、みんなやりすぎてやっぱり禁止された。(朱音)
・私がみたま市に来たの高校のときだから、クロネコ様って馴染みがない。前に住んでたとこでは普通にこっくりさんだったな。(水鳥)
・みたま市、猫にまつわる怪異譚が多いよね。まあ、猫自体が多い街だからってのもあるかもしれないけど、それにしても。(朱音)
・猫に憑かれるっていうのも、みたま市の伝承を漁ってるとけっこう出てくる。他の街だとここまで多くない。(亜樹)
・猫地蔵もあちこちにあるし。(水鳥)
・あれ、誰がどんな目的で作ったんだろ。(朱音)
・山にも市街地にもまんべんなく点在してるし、確かに目的がわからないよね。あと、あれだけの地蔵を作るには結構な人手もかかるはずで、その記録が残ってないか探してるんだけど、今のところ見つからない。(亜樹)
・クロネコ様に聞いてみるか…(水鳥)
・あと、いちおう怪異蒐集しながら、「どんな名前でやってた?」ってのを聞いてるんだけど、今のところこんなのが出てる。(朱音)
 クロネコ様
 こっくりさん
 お狐様
 猫様
 シロネコ様
 エンジェル様
 ◯◯の女神様
 赤目様
・シロネコ様ってあるんだ。初めて知った。(水鳥)
・まあ、年代によってけっこう違うし。(朱音)
・やっぱり猫系が多いね。(亜樹)
・小夜、詳細渡すからこれ円グラフにして!(朱音)
・はい(小夜)
・仕事が早い!(朱音)

みたま市における降霊術名称の集計結果(有効回答数90)

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