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怪異蒐集 『願いを欲しがるもの』

■話者:Nさん、大学生、20代
■記述者:火野水鳥
 
 Nさんが中学生の頃に体験した話。
 
 三珠山の麓の森の中に、それほど大きくない湖がある。Nさんの通っていた小学校で、この湖に関する噂が流行ったことがあった。
 
 湖の中央には人が数人立てる程度の小さな島があって、木でできた小さな祠が建てられている。湖の岸からその祠に向かって願い事を叫ぶと願いが叶う、というのが噂の内容だった。

 ただし、いつも叶うというわけではない。祠の陰から誰かが顔を出すことがあって、そのときに願い事を叫ぶと叶うのだという。
 
 小学生で、怖い話やおまじないが大好きな年頃だった。クラスの男子は連れ立って探検に向かい、Nさんも友達といっしょに湖に行った。
 
 湖には他の学校の生徒もいて、大声で願い事を叫んだりして、暗い雰囲気は微塵もなかった。Nさんも友達といっしょに他愛もない願い事を叫んだが、もちろん祠から誰かが顔を出すことはなかった。
 
 噂は徐々に下火になり、Nさんもしばらく、この噂のことは忘れた。
 

 それから数年が経ち、中学生二年生のとき、Nさんは当時仲の良かったCさんから相談を受けた。とある男の子のことが好きで告白したいから、手伝って欲しいというものだった。
 
 できることならすると答えたが、心の中では混乱していた。Nさんもその男の子が好きだったからだ。片思いで告白するつもりもなかったが、その男の子がCさんと付き合うのは、どうしても嫌だった。

 放課後、Nさんはもやもやした気持ちのまま家に向かった。その途中で、ふと湖の噂を思い出した。おまじないを信じる性格ではなかったが、なぜか「今なら願いが叶う」という予感がした。Nさんは腕時計で時間を確認すると、自転車を湖へ向けた。
 
 湖は人気もなく、しんと静まり返っていた。まだ夕方と呼ぶには早い時間だが、周りを森に囲まれているせいで、日暮れ前のように暗かった。
 
 島の中央に祠が見える。百葉箱くらいの大きさで、四本の足の上に小さな木造の社が乗っている簡単な造りだった。あたりが暗いせいで祠はシルエットしか見えなかった。
 
 Nさんは祠を目にしてから、急に我に返った。なんで私はこんなことをしようとしているのだろう。そもそも、なぜ来ようと思ったのだろう。
 
 いたたまれなくなって踵を返しかけたとき、あることに気づいて、Nさんは息を呑んだ。
 
 誰かが、祠の陰から顔を出していた。
 
 その誰かは祠の側面からにゅっと顔を突き出している。薄暗いせいで表情は見えず、どこを向いているかもわからない。祠の世話をしている人かもしれないと思ったが、すぐにおかしなことに気がついた。
 
 祠は四本の足の上に乗っているため、足の部分は祠の向こう側が見える。にもかかわらず、その誰かの足も体も見えない。まるで狭い祠の中に体を折り畳み、顔だけを真横に突き出しているようだった。
 
 Nさんは人影から目を離せなくなった。人影を見つめたまま時間だけが過ぎていく。日が傾き、辺りが急激に暗くなっていった。やがて、Nさんはその人影が顔を動かしている事に気づいた。
 
 首をゆっくりと、いやいやするように左右に振っている。何かを探しているのだろうか、それとも願いごとを待って……。
 
 今叫べば、願いが叶う。ふいにそんな考えが頭に浮かんだ。Nさんはとっさに願い事を叫ぼうとしたが、その時、人影がNさんの方を向いてぴたりと動きを止めた。
 
 Nさんは叫びかけた言葉を飲み込むと、踵を返して全力で走った。登山口に置いてきた自転車に飛び乗って家に帰るまで、一度も振り返らなかった。
 
 それ以来、Nさんは湖を訪れていない。CさんはNさんの好きな男の子と付き合うことになったが、たいした進展もなく、長続きしなかった。Cさんとは高校もいっしょだったが、お互いに他に仲の良い友人ができ、徐々に疎遠になった。
 
 祠で願い事を叫ばなかったのはなぜかと聞くと、Nさんは「理由はわからないけど」と断ってから、「あれに願いごとを知られてはいけないような気がした」と言った。
 
 あれが何なのかは知りたくないが、あのとき願いを叫んでいたらどうなっていたか。願いが叶ったとしたら、どのような形で叶っていたのか。
 
 Nさんは今でも時折、考えることがあるという。
 

■メモ
・現地確認。湖に島はあったけど祠はなかった。(水鳥)
・爺ちゃんに聞いたら、一昨年の台風で壊れたって。たぶん湖の底に沈んでる。(朱音)
・まじか(水鳥)
・Nさんがなぜ「あれに願い事を知られてはいけない」って思ったのか気になった。(亜樹)
・護身スキル高いよね。(水鳥)
・こういう場合あれかな、「意にそぐわない形で叶う」とか「叶うけど代償を支払う」とかが一般的なんだろか。(朱音)
・「どんな形で叶ったのか〜」って言葉があるから、「意にそぐわない形で叶う」って思わせるような何かがあった? 語ってないけど、過去に願い事を叫んだ人の顛末を聞いたことがあるとか。(亜樹)
・なるほど。追加で聞いてみよう。(水鳥)
・ところでこれ、祠の裏じゃなくて祠の中から顔出してる?(朱音)
・どうだろ。話だとそんなスペースはないってなってるけど、祠がどこか別の場所につながってるって可能性も。(水鳥)
・祠の中身を知りたいとこだけど、湖の底だしな。(朱音) 
・あ、別の話の蒐集のときにチラ聞きしたけど、今この湖を舞台にした別の噂があるんだって。忘れたいものを湖に沈めると、忘れることができるんだとか。(水鳥)
・これも祠から顔出してた人?が聞いてあげてんのかね。(朱音)
・願いが叶う→忘れることができる、に変わったのは何でだろう。(亜樹)
・実際に沈めた人の体験談ない?(朱音)
・ないなー。小夜に沈めさせよう。(水鳥)
・なんで私なのよ。(小夜)
・なんで見てんの!(水鳥)
・私このサーバーの管理者だから全部筒抜けだよ。(小夜)
・m(_ _)m(水鳥)


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