見出し画像

reborn 3

僕はrenonの凌さんに連絡して、バイトのシフトを入れて貰った。
renonは銀座のはずれの新橋に近いところにある少し昭和レトロな大人のバーです。
翔は久しぶりのウエストコートに心なしか緊張していた。
そんななか、オーナーの亮平さんが、若い女をつれて来店した。
「翔!久しぶりだな 良かった無事で  少し瘦せたんじゃないか?]
「点滴で生きてましたから」
「ご迷惑おかけしました」

 その時私は、気づいてしまった。
オーナーが連れてきた女、たぶん、この女の代わりに私は刺された。
悲鳴に驚いて振り向いた時の顔を、鮮明に覚えている。
あっという間のこと過ぎて、恨む感情すらない。
私は23才だった。
大学を卒業してITの会社に、緊急事態宣言のさなかに入社して、1年経ったころだった。
思えばいろんな未来があったのかも知れないけど、2年前と言えばまだまだコロナ渦で、世の中は閉塞的だったし、恋人がいた訳でもなかった。
親は悲しんだと思うけど、未練らしい未練すらなかった。
あれから2年、世の中では、いろんな問題が表面化して、あいかわらず将来も不安だらけだけど、今こうして翔の身体を借りて生きてることは、キセキだと思う。

 つれの女がトイレに立った時、亮平さんに呼ばれて「明日空いてる? 昼飯いこうよ」と囁かれた。
井口 亮平 renonのオーナーはダンディで気さくで、ステキな大人だった。
多分30代半ばくらいかと思う。
亮平さんは「明日、迎えに行くから・・・・」と翔に伝えて、店を出た。


 翌日は、梅雨明け早々なのに、うだるような暑さだった。
翔はベンツのジープで迎えに来た亮平さんの、助手席に乗った。
「うなぎでいいか? ていうかもう予約してあるんだけど・・・」
「ありがとうございます」
老舗のうなぎやで、とりあえずは冷えたビールで乾杯をした。
翔の復帰のお祝いだった。
特上の鰻重と、つけものと、えだまめを頼んだ。
「どうだ?体調はもどったか?」
「もう、大丈夫ですよ」
「ご心配おかけしました」
「ほんとうに、心配しました!」
「ところで、亮平さん昨日の女は何者ですか?」
「気になるか?」「妬いてるのか?」
「いや!そんなことはないですけど・・・・」 「けど・・・?」
「あれは知り合いの娘で、バーに行ったことないから、連れていけとせがまれた」 「翔のこと紹介しろっていうから、思わず、あれはオレの男だって、言いそうになったよ」
「久しぶりですね こうして亮平さんと二人で、昼飯なんて・・・。生きてここに戻れてよかったです」
「実は組が解体を考えているようなので、シフトを増やしてもらおうと思っています」
「翔、おれは今、もう一件店をオープンしようと考えてる。 新店舗は、新宿三丁目あたりで、renonよりカジュアルな店にしようと思ってる」
「翔!そこの店長やってみないか?」
「物件はほぼ決まってるんだ。 内装とか、レイアウトとかは、これからだから、そこからかかわれるぞ」
「いいですね!でもちょっとだけ時間をください。 タイミングがあるので・・・」

 店を出ると、その足で近くのホテルに直行した。
この辺には古い簡素なホテルがちらほらある。
部屋のドアが閉まると、今まで抑えていた気持ちに火がついたように、二人はもつれあいながら、バスルームへ・・・。
私はあまりの熱に気圧された。
二人でシャワーを浴びながら、亮平さんは翔の傷をなぞり、生きてる翔を確かめる。
二人は長い時間をベッドで過ごしたので、少し眠って、目が覚めた時は、もう夕方だった。
それでも、日が長いこの頃は窓の外には燦々と日が照りつけている。
亮平さんは、翔を抱きすくめ・・・。
「翔! もう一緒に暮らそう 今回のことでオレがどれだけ心配したかわかる?  もう逢えないと思ったんだから・・・」
「でも、亮平さんは、きっと僕なんかつまらなくなりますよ」
「大丈夫、翔は寡黙だけど、ミステリアスだから・・・」
このところ、翔の中の私の存在は日々小さくなっている。
元々、私の記憶はなくなるはずのものだったので、何れはなくなって、翔自身の魂と変わるのだろう、
でも今、亮平さんが見つめる翔の目の奥に私が見つからないように・・・。
私はそっと息を潜める。


   おわり       ナカムラ・エム

いいなと思ったら応援しよう!