パラレル 10
パラレルですが、今回最終回になります。
読んでいただきありがとうございました。
明日実は、5こ聞くうちの1こ位は受け入れるようになった。
これはかなりの進歩だった。
なにか、こんがらがった糸が解けていく予感がした。
しかし遥人は、明日実の話に少々ウンザリしていた。
だから遥人が加わると、話は険悪になって、決裂してしまう。
最近の遥人はかなり卑屈になっていた。
私が明日実にかかりっきりなのが、面白くないし、そういう私も、知らず知らず明日実に振り回されて、イライラしていた。
だいたい明日実は周りを巻き込むことにおいて、天才的だった。
なんの躊躇もなく発せられる理不尽な言葉はあたかも正論のような強い響きを持っていて、うかうかしていたら、明日実のいいなりになっている。
誰に似たんだろう? これは、生きてく上で、一種の強みでもあり、叩き潰しては、いけない素質のようにも思う。
しかし遥人のイライラも良くわかる。
かと言って二人をつなぐ手立てもなく、遥人はイラつくと、ドアを思いきりシメル。 そのうちドアが壊れるんじゃないかと思う。
投げられた物の、壊れる音が、響く。
私は毎日のように報道される少年犯罪を思った。
こんなことが、つもりつもって、ある時限度を超えてしまうんじゃないか・・・。
どこにでも起こりうることに思えた。
父親がいたらどうだったんだろう。
でも一喝されたところで、一時的に抑圧されただけじゃ、またいつ火がつくかわからない。
自我が目覚めはじめる、難しい年頃だった。
洗面所で寝ぐせを直している遥人の後ろを通り抜ける時に、鏡の中の遥人に言った。 「遥人 お母さん最近明日実に掛かり切りだけど、遥人の受験のことも、ちゃんと考えてるからね!」
鏡の中の遥人の顔が神妙になって、少し解けた。
そんな些細なことだったけど、その夜から遥人は自分のペースを取り戻したかのように見えた。
相変わらず、家族の中心には明日実がいて、青くて強い光を放ち、遥人はまだ光を持たない。
私はこの子達を、大砲の筒に抜かりなく詰めて、時がきたらドカンと世の中に放つんだ。
それが当面の私の任務だから・・・。
なにかが、カチッって微かになった気がした。
遥人は、無為な摩擦を回避するようになった。
ひとつ生きる術を手に入れたようなものだった。
そして当面の受験に対して、自分なりの目標を設定して、積極的に取り組みだした。
遥人には、まだ自分の将来の絵は描かれていない。
事の早い遅いは問題ではない。
自ら考えて動きだしたこと、それは新芽がでるように、感動的だった。
そうして、謎のボックスに運ばれる生活も不平不満の対象にもならなくなっていた。
あれから2ヶ月、そろそろ梅雨も開ける頃だろう。
日曜日の午後だった。
明日実は今日も朝早くから、部活にでかけた。
私はどこに出かけることも出来ないのをいいことに、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』の第3部を読みふけっていた。
ちょうど枯れた井戸に水が湧き出てくる所で、電話のベルが鳴った。
私は片手に本を持ったまま受話器を撮った。
「もしもし、ユイちゃん、大変なんだけど!ボックスがこないから、帰れないんだけど・・・」「えっ!どうしたんだろう?」「どうしよう」
「明日実・・・もしかしたら終わったんじゃない?」
「えっ! なにが?」
「だから・・・定期もってる?」
「ちょっと待って、あった」
「じゃあ電車で帰ってきなさい」
「そうか ! そういうこと わかった」
私は受話器を置くのももどかしく、外に飛び出した。
そこには梅雨明けの空があって、光は燦々と降り注いでいた。
車が行き交い・・・。
人が行き交い・・・。
この世で生を与えられたものたちの、僅かに放つ匂いまでもかぎ分けられるようだった。
遥人がドアを開けてまぶしそうな顔をする。
「もどったんだ・・・」
「うん」
毛穴のひとつひとつまでもが、深呼吸するのがわかった。
遥人は部屋に戻ると、引き出しをバタバタ探して、自転車の鍵を握りしめて飛び出して行った。
「ちょっと出かけてくる!」「うん」
遥人は階段を駆け下りると、自転車に飛び乗り、気持ち良さそうに走っていった。
少し伸びた髪が、風にたなびいて、あらわになった額が、光っている。
すべてが元に戻っただけのことだった。
でも私には、すべてが新鮮に息づいてかけがえのないものに思えた。
私たちは、戻ったんじゃなくて、新しいパラレルに移行したんだ。
私たちは新な思いでこの雑多極まりない世界に泳ぎだす。
息をめいっぱい吸い込んで・・・。
終わり
ナカムラ・エム