既存の「性」や「生殖」の見方を変える生物学的発見~「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」【投げ銭note】(ハフポスト)~
1.はじめに
日本遺伝学会が先週ごろ発表した遺伝学の用語改定のニュース、読者の皆さまは、どのくらいご存知でしょうか。詳細は、メインブログの拙記事「遺伝学の用語改定と「東京喰種 トーキョーグール」~「遺伝の「優性」「劣性」使うのやめます 学会が用語改訂」(朝日新聞デジタル)~ - 仲見満月の研究室」でお伝えしましたとおり、
中高の理科の生物分野でおなじみの遺伝の法則。その説明に、重要語として出てくる用語で、形質の出やすい「優性」とそれが出にくい「劣性」。その2つについて、前者を「顕性」、後者を「潜性」に言い換えることについて、「日本遺伝学会が改訂した。用語集としてまとめ、今月中旬、一般向けに発売する」
(「遺伝学の用語改定と「東京喰種 トーキョーグール」~「遺伝の「優性」「劣性」使うのやめます 学会が用語改訂」(朝日新聞デジタル)~ - 仲見満月の研究室」)
ということでした。学会のほうでは、他の用語もいくつか改定するようで、っもとの朝日新聞によれば、
「「バリエーション」の訳語の一つ」が、「変異」だったことが「多様性」に置き換えられることで、これまで遺伝的に現れる形質がマイノリティだった人たちの考え、立場が変わっていきそうです。「色覚異常」や「色盲」→「色覚多様性」の改めは、一部で「病気」的な扱いとされた形質について、「色覚に関する感覚の多様な現れ方」とすることになりそうです。
こうした遺伝学の用語改定は、遺伝的に現れる形質が「奇異」だったり、「病気扱い」等の扱いをされてきた人たちの考えやさえ、今後の社会を変えていく力を持つのではないでしょうか。
(「遺伝学の用語改定と「東京喰種 トーキョーグール」~「遺伝の「優性」「劣性」使うのやめます 学会が用語改訂」(朝日新聞デジタル)~ - 仲見満月の研究室」)
ということです。生物学の用語の改定や、改めることは、生物や種族だけでなく、我々といった人間の社会をも徐々に変えていくと、私は考えております。
前置きが長くなりましたが、今月14日に発表されたイグノーベル賞では、生物学の中で、またも用語の変更、そして人間社会にとっても、おそらく少なからず多方面に影響を与えるユニークな研究が生物学賞を受賞しました:
「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト、2017年09月15日)
このハフポストの記事は、最初、「おんなのこに、おちんちんガ~」というようなタイトルだったようです。が、何度かの配慮的な書き換えと更新を経て、上記タイトルに落ち着いた模様です。
一体、今回の “性器の大発見”は、どんな生物に見られ、何が生物学的に新発見だったのでしょうか。さっそく、研究の内容ほかについて、見ていきたいと思います。
(イメージ画像:チャタテムシの探索先である洞窟にいる研究グループの方々、出典:https://goo.gl/tFGGPd)
2.「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト)の概要
2-1.ニュース記事の概要
いつものように、ニュース記事を読んでいきます。
オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞
驚異の昆虫「トリカヘチャタテ」とは?
2017年09月15日 12時39分 JST | 更新 2017年09月15日 18時12分 JST
安藤健二 ハフポスト日本版ニュースエディター
人々を笑わせ、考えさせた研究や業績に贈る「イグノーベル賞」が9月14日、アメリカのハーバード大学で発表され、日本人らの研究チームが「生物学賞」を受賞した。共同通信は「性器の大発見」と報じた。
■「とりかへばや物語」にちなんで命名
朝日新聞デジタルによると、生物学賞を受賞したのは吉澤和徳・北海道大准教授(46)、上村佳孝・慶応大准教授(40)と海外研究者らの計4人。
北海道大学のプレスリリースによると、吉澤さんらはブラジルの洞窟に生息する、体長約3ミリのチャタテムシの一種「トリカヘチャタテ」を調べた。メスにペニス状の生殖器があり、オスは穴状の生殖器を持っていることを発見。交尾の際に、メスが自身の生殖器を持ち、オスの生殖器に挿入することを突き止めた。
(「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト))
前半部分で、色々と情報が大量に出てきたのと、研究対象である昆虫「トリカヘチャタテ」の写真について昆虫類がビジュアル的に苦手な方への配慮としまして、ここで一区切り、コメントを入れます。ご了承ください。
まず、今回、生物学賞を受賞した研究グループは、「吉澤和徳・北海道大准教授(46)、上村佳孝・慶応大准教授(40)と海外研究者らの計4人」。筆頭で名前が出ている吉澤さんが所属する北海道大学のプレスリリースによると、吉澤さんらは、大きさ3ミリの「チャタテムシの一種「トリカヘチャタテ」を調べ」ました。この虫について、私は思わず「そこそこ、アリのような外見にしていは大きいな」と感じました。
次に、研究のキモとなる発見は、「メスにペニス状の生殖器があり、オスは穴状の生殖器を持っていることを発見」し、更に「交尾の際に、メスが自身の生殖器を持ち、オスの生殖器に挿入することを突き止めた」ということです。ここまでの説明で、「え?!どいうこと?」と頭が疑問符の方には、実際、ハフポストのニュースに掲載されていた「トリカヘチャタテ」交尾の写真を次に載せますので、各自、ご覧ください。昆虫類が苦手な方は、高速スクロールで次の文章に飛んでください。
では、どうぞ。
画像のキャプションにあるように、日本のカブトムシなど、一般的な昆虫は、交尾の際はメスの上にオスが乗りかかる姿勢で交尾します。少々、話の筋から脱線しますが、私が小学生の頃、繁殖期と思われるシーズン、道端でくっついているネコたちも、同じようにオスのネコがメスに乗かっている交尾の様子を、見せつけられていたことがありました。そんな交尾形態と、今回のトリへチャタテの交尾の形は、違っていたことになります。
2-2.研究対象の昆虫の生殖的特徴に関する特異性
そんな交尾ですが、長時間続くうえに、受精後に卵を育てるため、必要な養分をめぐって、メス同士で下のようなことが発生するようですよ。
交尾は40〜70時間と極めて長く、この長い拘束時間にオスは精子とともに栄養物質をメスに渡していることが明らかになった。研究チームは、この栄養をめぐってメス同士の競争が激しくなったと分析。多くの生物と異なり、メスの交尾に対する積極性がオスを上回った結果、メスの生殖器の進化を促したと推測している。(「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト))
約1日半から3日ほど交尾で両者は拘束を受け、その間、オスは「精子とともに栄養物質をメスに渡していることが明らかに」なりました。ハフポストの写真よりも、朝日新聞デジタルのイラストのほうが、かわいらしく、図解的に分かりやすいので、そちらを掲載させて頂きます↓
交尾中の昆虫と言えば、私は、メスのカマキリがオスのカマキリを食べてしまうことを思い浮かべてしまいます。オスを食べるカマキリのメスは、「なんでメスのカマキリは交尾中にオスをたべちゃうのか」(Gizmodo Japan)で紹介された実験によれば、オスを食べなかったメスよりも、産卵する卵の数が増加するという結果が出ています。つまり、交尾後にメスの方に栄養があれば、生物の種の生存率が上がる可能性が高まるという意味をさしています。
話を戻すと、トリカヘチャタテの場合、長い交尾時間の間にたくさんの栄養物資をオスから受け渡してもらっているため、オスはメスに食べられることはなさそうです。その代わり、より栄養物質を持ってそうなオスをめぐって、メス同士の熾烈なバトルが増す方向に進化した、ということでしょうか。「多くの生物と異なり、メスの交尾に対する積極性がオスを上回った結果、メスの生殖器の進化を促したと推測」ということは、生存競争に勝ち残るため、メスの生殖器の大きさや形にも、個体差が出てきているというのか、という疑問が出てきました。
さて、研究対象の「トリカヘチャタテ」の名前、ちょっと、日本語として発音しにくくは、ありませんか。実は、呼びにくくとも、そこには日本の古典文学作品に由来する理由があったんです。
「トリカヘチャタテ」の和名は、平安時代の宮中を舞台に性別を取り換えて育てられた男女を描いた古典「とりかへばや物語」にちなんで命名された。性別役割が逆転した生物の研究は、性差が生じた進化的な背景を探る上でも重要な役割を果たすという。
(「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト))
今回の研究グループは、日本の研究者が多く参加していたこともあるのでしょうが、意外なところで、日本文学の平安時代の作品タイトルが使われているんだなぁ。しみじみと、元人文学徒の私は感じました。「性別役割」の逆転って言われていますけれど、実はこの地球上には、人間とその周辺の生物種族の多くに見られる以外の、多様な「性」のあり方って、たどり着ければ、まだまだ、沢山あるんだと思いますよ。
そういうところで、今回のハフポストに紹介された新発見と研究に関しては、だいたい、紹介を終えました。
3.最後に~受賞研究の今後の影響について~
その他、今回のイグノーベル賞の生物学賞を受賞した後の反応や、研究について、様々な方の反応を載せておきたいと思います。
■「女の子におちんちんがついていた」と子供に分かりやすい驚き
時事ドットコムによると、研究チームは調査のため授賞式を欠席したが、チャタテムシの探索先である高知県の洞窟で撮影したビデオメッセージが上映された。上村さんが「私たちの発見でペニスを男性器と説明している世界中のあらゆる辞書が時代遅れになった」とコメントすると、会場は笑いと拍手に包まれた。
朝日新聞の取材に対して、吉澤さんは「『女の子におちんちんがついていた』と子どもにもわかりやすい驚きがあるし、素直に面白い研究だと思っている。私たちの性に対するイメージを一変させ、進化や性の選択といった研究に重要な意味もある」と授賞の喜びを語った。(「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト))
時事ドットコムに対して、研究チームの上村さんが仰った「私たちの発見でペニスを男性器と説明している世界中のあらゆる辞書が時代遅れになった」とコメント。イグノーベル賞の会場は笑いと拍手に包まれたそうですが、15日の日本で私が覗いたTwitterには、この上村さんのコメントに対する藩王がぽつぽつと見えました。ひとつひとつのツイートは覚えていませんが、冒頭の遺伝学の用語改定と同じで、様々な辞書に書かれている「ペニスを男性器と説明している世界中のあらゆる辞書が時代遅れになった」という事実は、これから、既存の「生殖」に関する我々の様々な見方を変えていく可能性を持っています。
それから、朝日新聞の吉澤さんの言葉には、「『女の子におちんちんがついていた』と子どもにもわかりやすい驚きがあるし、(中略)私たちの性に対するイメージを一変させ、進化や性の選択といった研究に重要な意味もある」という、生物学の枠にとどまらない形で、今後の個人個人の意識の変化や社会への影響を感じさせるものがあります。それは、性のあり方や、生殖に対する見方を超えた、身体的な性と社会制度的な性の一致をさせやすくする方向へハードル下げるとか、婚姻制度に柔軟性を持たせる方向への改正や、様々な恋愛のあり方、LGBTQに関わる事など、様々な可能性を秘めていると思われます。
その可能性が、ある人には希望であり、ある人には面倒だなと感じるものであったり、地球上に暮らす約70億人の全員にとって、一律のものをもたらすものではありません。ですが、私個人としては、これからも、吉澤さんら研究グループには、トリカヘチャタテの研究を続けて頂きたいと思っております。
さて、研究継続にともない、洞窟へ行くための装備や捕獲する道具など、研究資金はこれからもかかってくるでしょう。イグノーベル賞の賞金は、果たして、研究継続に役立つ金額だったのでしょうか。
サンフランシスコ・クロニクルによると、受賞者らには10兆ジンバブエ・ドルが贈呈された。ハイパーインフレで日本円に換算する1円以下の価値しかない上に、2015年に正式に流通が廃止されている。
(「オスとメスが逆転した生物 “性器の大発見”にイグノーベル賞」(ハフポスト))
賞金は、「受賞者らには10兆ジンバブエ・ドルが贈呈され」、しかも「ハイパーインフレで日本円に換算する1円以下の価値しかない上に、2015年に正式に流通が廃止されている」ということは、賞金で研究活動できないじゃんか!
さっそくですが、先日、紹介したノーベル賞受賞者の大隅さんらが創設した財団の来春の助成に応募されみては?
と、ガクッと肩を落としてしまった、イグノーベル賞のオチでした。
おしまい。
*本記事は、投げ銭制を採用させて頂いております。もし、お読みいただいて得るものがあったとか、少しでも暇つぶしになったとか、ありましたら、寄付をして頂けたら、執筆者の励みとなります。
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