夏の壱 ワンピースとビール
梅雨も中頃の晴れた日の夜。
湿気と暑さで夏の匂いが充満していた。
汗でぺとぺとするTシャツを脱いで洗濯機に放り込み、仕事着と一緒に回す。
寝巻きと仕事着を一気に放り込まれ、雑に洗われる洗濯機の中は、彼女の日常そのものだ。
ノンワイヤーのブラジャーを付け、キャミソールは着ずに真っ青のワンピースを頭から被る。
四年前に古着屋で購入したワンピース。綿100パーセントのこの青いワンピースは四年という月日を経て、すっかりくたくたになっていた。
ウエストにあったはずの同じ生地でできた細い腰紐はどこかへいってしまったし、肩口の縫製などは解けてきている。
しかし彼女はこの青いワンピースが大のお気に入りであった。
丈の長さは彼女の平均より高い身長にピッタリだったし、紫がかった青い色も紫陽花のようで季節にも彼女にも似合っていた。
何より綿100パーセントの薄い生地が、夏の空気を足元に通してくれるのが彼女がこのワンピースを気に入っている一番の理由だった。
夏はこのワンピースを着るだけで、気分が倍以上に良くなるのだ。
ノースリーブのワンピースの上から白いリネンのシャツを被って、軽く髪を束ねる。
iPodを手に取ったが、ワンピースにもシャツにもポケットはなかった。
彼女はiPodを置き、紙袋に入れた数冊の本と、財布と携帯を入れたショルダーバッグを持って洗濯機が回る音を背に部屋を出た。
自転車に跨りアパートから踏み出した。
夏の夜の真っ黒の中を青いワンピースを着た彼女は走る。
風は生地を通り彼女の足を軽快に踊り抜けていく。
道を曲がり遊歩道へと出る。
相変わらず街灯は少なく、黒さは微塵も変わらない。
しかし、街路樹の緑が鮮やかに黒の中で輝いていた。
彼女は鮮やかな緑を横目に見つつ、小さな鼻の穴から深く空気を吸った。
空を見上げると、中途半端に膨らんだ(もしくは欠けた)月がくっきりと輝いていた。
交差点を通り抜け、さらに暗い遊歩道の中へ。
その遊歩道は草木だけでなく、花も植わっていた。
真っ黒の中の輝く緑に、紫陽花の青や紫が加わった。
虫の声、テレビの音、植物の香り、夕食の匂い、湿気った空気、涼しい風
真っ黒の中の緑や青や紫、その中を青いワンピースを着た彼女は鼻歌を歌いながら進んでいった。
きっと彼女は帰りにビールを買うだろう。
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