海に来た。 初めて来る海だ。 見知ったそれとは違う、青空をそのまま反射したような青い海だ。 イソくさい。 昨日の波が運んできた海藻が浜に打ち上げられている。 海が怖い。 晴れた日の陽気な海が怖い。 黄色く渇いた砂浜と青い海。 シンプルな、馬鹿げた陽気を表現したようなカラーリング。 その暴力的なまでの陽気さの中に所在無げに、しかしはっきりとその存在を横たえているドス黒い藻。 渇いた空気の中、ヌメヌメとした湿り気と臭気を纏うそれは、私に逃れようの無い「死」を連
髪を切った。 トイプードルくらいの大きさの髪の毛の塊が足元に転がっていた。 「ハイライト入れてもいいですか?」 「好きにして下さい」 あれほど時間と金をかけ手入れしていたものが、今はもう只の生ゴミだった。 「長い髪も見てみたいな」 クリームあんみつを食べている私を見ながら、彼は言った。 当時の私の髪は全体にふんわりとパーマをかけ、肩に付かないくらいの位置で揺れていた。 「えーじゃあ、伸ばそうかな」 私はクリームあんみつの美味しさで頭の中が95%ほどいっぱいだった(私の頭は容
まず、生卵を用意する前に用意しなければならないものがある。 それはキミ自身だ。 卵と向き合う前にキミを卵に近づけさせてはならない。 なぜって。 例えば向き合うものが卵でなく、猫でも猿でも取引先の社長でも何でもいい。 一対一で向き合う時、きっとキミはキミ自身をその対象と同じ、またはそれに近い位置に持っていくはずだ。 心構え、というべきだろうか。 そういうことだ。 では対象が生卵の場合はどうするか。 Step1. 腹を満たす もしキミが卵と向き合う時に腹を空か
ピアスを開けた。 冷凍庫からありったけの氷を出して、袋に入れ、痛いほど耳を冷やす。 母はソファで寝ている。 耳の感覚がなくなってきた頃、ピアッサーを耳にあてる。 開ける位置に気をつけて、一気にボタンを押す。 「バチン」 という音がテレビの音の間で響いた。 痛みよりも母が起きなかったかということに気を取られ、恐る恐るソファの背中越しから母の方を見た。 母は寝ていた。 鏡で耳を見た。 耳は赤くはなってはいたが、血は出ていなかった。 金色の丸いピアスが光ってい
梅雨も中頃の晴れた日の夜。 湿気と暑さで夏の匂いが充満していた。 汗でぺとぺとするTシャツを脱いで洗濯機に放り込み、仕事着と一緒に回す。 寝巻きと仕事着を一気に放り込まれ、雑に洗われる洗濯機の中は、彼女の日常そのものだ。 ノンワイヤーのブラジャーを付け、キャミソールは着ずに真っ青のワンピースを頭から被る。 四年前に古着屋で購入したワンピース。綿100パーセントのこの青いワンピースは四年という月日を経て、すっかりくたくたになっていた。 ウエストにあったはずの同じ生地