【安全基地学級】なぜ、子ども達を見取るのか?

先生方から「子ども達にどのような指導をしたらよいか?」等の相談を受ける中で、子ども達の見取りについて話題にあがる事が多くあり、今回はその「見取り」について書きました。

「見取り」とは人により意味が異なりますが、簡単に言えば「子ども達を観察すること」であり、細かく言えば「子ども達の言動から、子ども達の内面を推察すること」と私は考えています。

「子ども達の事を見取れていないんです。」

そう言う先生方でも、私が質問していくとどの先生もしっかりと答えられ「え?見取れるじゃないですか!」と感じる事が多いです。

ですから、「見取れていな。」のではなく、「見取れているのに、活用できていない。」と言うのが正しい表現なのだと思います。

「なんで、そんな指導が思いつくんですか!?」

先生方からの話を聞いて、私なりの指導について提案すると、多くの先生方がこう言われます。言われる度に、「いや、あなたも見取れてるし、経験も知識もあるのに、なぜ気付けないんだろう??」との疑問を感じていました。

「見取りはしているけど、その目的や意図を考えていない。」

と言うのが、その疑問に対する私なりの答えがです。
もちろん、人により異なると思いますし、あくまでも個人的な仮説です。

私は、常に目的や目標をイメージしながら、先生方の話を聞いています。
「いじめをなくすために相互理解を深める」を大きな目的として、そのための目標に「子どもとの信頼関係構築」や「子どもの特性や価値観に合った関わり方」を設定し、「授業やその環境での条件」や「その指導後の相手や関係者との影響」や「その先生に実行可能かどうか」等を総合的につなげて、指導案を複数提案します。

この私の思考を「つなげるエンジン」と名付けて図解しましたが、これがどうにも伝える事が難しい。対話しながら解説すれば理解が深まるのですが、図や文字だけの情報では意図まで伝わらず、「なるほど。」と思ってそこで止まってしまうように感じています。

発想力や思考の瞬発力を持っている人は、誰もが自分なりの「つなげるエンジン」を持っています。
ですが、多くの方が無自覚に身に付け、無意識で行っているので、それを言葉にして伝える事がとても難しい。

でも、だからこそ、言語化して誰もが活用できる技術として体系立てていきたいと考えています。

もし、自分なりの見取りの目的や目標を言語化できなかったら、仮の目的や目標から始めてみ流のがオススメです。
「いじめをなくす」事を仮の目的として、「居心地が悪くないクラスにする」を仮の目標として、子ども達の失敗よりも、子ども達が笑顔になる時を見取っていくと、新しい指導や関わり方を思いつくでしょう。

他にも、初任の頃に指導された「先生はかくあるべき」な思い込みが心のブレーキになっているケースも多いですが、できない事を指摘されるよりも、楽しく学んでいった方が成長が早いですからね。

私達がそうであるように、子ども達も同じですからね。

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