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【旅の記憶】ペンギンに会いにフィリップ島へ②(Melbourne 7)

各社のバスが溜まっている通りを、我々のバスは一時半頃出発した。このスワンストンストリートの真ん中辺りは、日々行われているあらゆるツアーのバスでひしめき合っている。
一番ひどい混雑が朝八時頃で、その時間帯にスタートするツアーが最も多いからであり、その次が今時分のようだった。フィリップ島ツアーだけで一体何社あるのだろう?
ドライバーはピックアップ時の人と同じだった。オーストラリアのツアーにバスガイドというものは存在しないようだ(少なくともリーズナブルなツアーは・・・)。ガイドはドライバーが兼任する。
だから運転中は座席に備え付けのマイクで観光案内をする。右に見えますのは、左に見えますのは、この街で有名なのは・・・といった感じだ。
景色が単調になると音楽をかけ、オーストラリアの観光案内ビデオを流す。それはこちらを飽きさせないためというより、喋るのをちょっと休憩するためと思えなくもない。
数十人の乗客は国籍がばらばらで、白人ももちろん多いがアジア系も何人かいた。東南アジア系の新婚っぽく見えるカップルと、日本人か中国人か韓国人かわからない二人連れ。同様の一人旅の女性と男性、各一人ずつ。そして私。

バスはシティーを抜け、一路南へと進む。フィリップ島はメルボルンの南東一三七キロに位置する島で、何と言ってもペンギンパレードで有名であり、夜更かしのペンギン達が巣に戻るため、浜辺をわらわらと帰ってくる様子が観察できるのである。
しかしパレードはだいぶ遅い時間でないと見られないため、必然バスはあちこちで寄り道していくことになっている。ペンギンは融通が利かないのだ。
だから我々はまず、とある農場でまず最初の休憩を取った。大型バスが駐車場に入ってまず私はびっくりした。もうすでに沢山のバスが停められている。それがことごとくフィリップ島行きのツアーバスなのだ。
大きなツアー会社は軒並みこのファームと提携しているらしい。

デボンシャーティーのチケット(おやつ用)をもらってバスを降りる。ドライバーにしつこいぐらい出発時間を確かめる。時間というのは簡単そうでややこしい。
ネイティブの人は一時五十分なんて言わずに二時十分前と言ったりする。勘違いしてここで置いていかれたら、私には成す術がない。だから確認作業は毎回続いた。うんざりされたとしても、私には重大な作業なのだ。
建物に入ると、すでにファームの人達が準備におおわらわだった。どうやら家族経営のようで、小さな女の子がカウボーイハットをかぶってうろちょろと手伝っているのが可愛かった。
私はスコーンと紅茶をもらって外に出たが、声をかけて一緒にお茶できそうな人は見当たらなかった。一人旅らしい白人の男性もいたが、彼はあくまで一人を通すつもりのようだった。
私は日差しの強さに負けてもう一度建物内に舞い戻った。アジア系の一人旅の男女は一緒に席について語り合っていた。 同じ国籍だと判明したようだった。私は一人、がらんとした席について、遅い昼食のようになったそれをゆっくりと食べた。
スコーンには私の好きなクロテッドクリームと苺ジャムが付いていた。これと紅茶を合わせてデボンシャーティーというらしかった。イギリスでいうクリームティーと同じだろうか。ティーといってもお茶だけではないのだ。

スコーンを食べ終わったあと、入口でさっきのカウボーイハットの女の子がカンガルーの餌を一ドルで売っていたので、その可愛さに負けて買ってしまったのだが、隅の方で退屈そうにしているカンガルー達は満腹なのか餌に見向きもしなかった。
やられたなあ、と思った。女の子はカンガルーが満腹であろうとなかろうと知ったこっちゃないという風情で餌を売り続けていた。上手い商売だなぁ、まったく。
私は仕方がないのでその餌を羊やカモにやった。あの一人旅即席ペアにちょっと分けてあげたがそれでも減らなかった。 ちなみに彼等は韓国人で、私達は少しだけ英語で会話したが、残念ながら特に盛り上がらなかった。
そういうときはある。タイミングが違えば話が弾んだかもしれないけど、弾まないときは仕方ない。今日は一人で通そうかな、と私は考え始めていた。

一通り見て回って少し退屈し始めていた私がファームの入口に戻ると、まださっきの女の子がカンガルーの餌の横で暇そうにしている。薄暗い囲いの中で、一匹のウォンバットが引っ繰り返って寝ていた。見たらわかる質問だとは思いながら、彼女に問いかけてみる。
「寝てるの?」
女の子はつまらなそうに、そう、と答えた。
「ほとんど一日中寝てるの。」
「彼?彼女?」
メス、オスの言い方がわからずHe? She?と尋ねると、Sheという答えが返ってくる。
「何歳なの?」
「知らない。」
会話はあっさり途切れてしまった。今日は会話の盛り上がらない日らしい。
そういうときはある。私はそこでぼんやりと時間を潰し、再びバスに乗り込んだ。


これまでの【旅の記憶】は、以下のマガジンにまとめています。


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