12月20日(日記)音とリズムとヨネダ2000
晴れ 寒い一日
そろそろマフラーがいりそう。
録画してあったМ-1グランプリを見る。数年間中断があって再開してからずっと見ていなかったので、久しぶりに見たら新鮮だった。
その中で、大爆笑したのが優勝したコンビではなく、決勝進出できなかったヨネダ2000というグループである。
もともと、オリエンタルラジオのファンで、リズム系の漫才が好きなのもあってか、自分の笑いのツボに見事にハマった。とにかく新しかった。そして面白かった。
個人的には、リズム漫才というのは、テツ&トモがきっかけを作り、オリエンタルラジオが完成させ、EXCITが一般化し、8.6秒バズーカがしぼませたと思っているので(独断と偏見です)、彼女たちの登場は久しぶりの新生現るという感じがした。
ネタは、YouTubeに上がっているので実際に見てもらえればいいが、シュールを基調にしたリズム漫才は見ごたえがある。
特に、お笑いに詳しいわけではないが、とにかく新しいスタイルを好きだ。キングゴングの畳みこむようなスピード。時間差を使ったオードリー。言葉遊びのジャルジャル。その時々、現れたとき感動した。
今までのないスタイルを提示されるだけで、笑うよりも先に感動してしまう。それだけ、新しいスタイルを一から作り出すのが難しい。小説を書いていると本当に痛感する。
小説の世界でも、春樹節ととも言われる村上春樹さん、パーソナルな心情を普遍性まで高めた吉本ばななさんなど、新しいスタイルというのは、なかなか作り出せそうで出来ない。逆に言えば、新しいスタイルを作り出せた者は、トップを取れる。
リズム漫才を聞いていると、ああいった感じを、小説でもどうにか活かせないかと考えてしまう。
しかし、それは別に今に始まった話でもなく、かつて夏目漱石が落語を好み、そこから文体にリズム感を取り入れようとした(例えば、吾輩は猫であるや坊ちゃん、三四郎)。
少し前では高橋源一郎さんや、丸山健司さんが、さまざまな文体を試みていた。最近では村田紗耶香さん、朝井リョウさんか。
ラップのような、リズミカルな文章を書こうとすると、どうしても文が軽くなってしまう。真剣なことが書きづらい。本当は、エッセイでも雑文でも、「お茶づけさらさら、しかし滋味溢れる」といった文章を書きたいと思っているが、いざ試みてみると難しい。
読みやすいが、深くて難しいことを書くには、どうすればいいか。最近思うのは、きっと何を言ってるんだと笑われるかもしれないが、参考になるのは「お経」かもしれない。お経を読んだり、お坊さんの読経を聞いたりしていると、リズミカルで、耳に入って来やすと同時に、深い真実を伝えている。それは、コーランも同じかもしれない。ただ眠くなるのは別として。
最近オーディオブックが流行っているのも、これに関連があるような気がする。以前、小説とYouTube(映像)の親和性は低いと書いたが、音とリズムとの親和性については高いと思うので、これからもっと小説上でも求められていくだろう。
音とリズムの大切さ、ついでにシュール。この若い女性コンビが教えてくれた。しばらく応援しようっと。
水鳥に どこから来たかと 問いたくなり