子どもから大人に移り変わる少年少女の淡い恋心……樋口一葉の『たけくらべ』③
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9月第1作目には、樋口一葉の長編小説、『たけくらべ』を取り上げます。
樋口一葉といえば、五千円札になった女性として、国民全体にその存在が知られているはずの方です。
一方で、お札で顔は知っているけど、実は彼女の作品を読んだことがない、という方も多いのではないでしょうか。
近代日本でも数少ない女性職業作家となった樋口一葉の代表作。
この機会にぜひご紹介していきたいです。
『たけくらべ』――子どもから大人に移り変わる少年少女の淡い恋心……
樋口一葉【1872~1896】
【書き出し】
廻れば大門の見返り柳いと長けれど、
お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、
明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、
大音寺前と名は仏くさけれど、
さりとは陽気の町と住みたる人の申(もうし)き……
【名言】
あらすじは第1回・第2回目の記事をご覧ください🎶
【解説】
『たけくらべ』は、1895年(明治二十八)年から翌年にかけて発表された、樋口一葉の短編小説。
『たけくらべ』という題名は、『伊勢物語』二十三段の和歌に因んでつけられました。
生活に困窮した一葉が、吉原遊郭近くにある龍泉寺町へ引っ越し、荒物屋を開いていたときの生活から生まれた作品です。
吉原遊郭に隣接した大音寺前を舞台に、夏から初冬までの季節のなかで展開する、十四歳の少女・美登利とお寺の息子・信如との初恋が描かれます。
二人の恋を中心に、当時の東京の子どもたちの生活や、子どもから大人に移り変わる少年少女の心理を情緒溢れる文体で描いています。
美登利は遊女となる運命が予定されており、信如は龍華寺の跡取り息子として仏門に入るため、二人は淡い恋心を抱きつつも別々の道を歩むことになります。
『たけくらべ』は、「文芸倶楽部」誌に一括掲載されると、森鴎外、幸田露伴らに絶賛されます。
鴎外は、
・醜い対象を描いて美しい芸術を創造していること
・大音寺前の風物に完璧な芸術的表現を与えていること
・「紅入り友仙」のくだり(美登利が下駄の鼻緒を切ってしまった信如のために、紅色のちりめんを投げつける場面)が、稀有の珠玉のような詩題をたたえていること
などを高く評価しました。
決して実らない立場の少年・少女の淡い恋
「たけくらべ」は一見、大人になりゆく少年・少女の淡い恋の物語。
私も最初に読んだときにはそう思っていました。
ただ、学生時代の当時は気が付かなかったのですが、大人になって読み返してみると、文豪をうならせるようなひねりのある作品であることが分かります。
まず、物語の舞台が吉原界隈であるということ。
吉原といえば、遊女たちの仕事場であり、色街。
そんなところを舞台に、小学生ぐらいにあたる子供たちが暮らし、淡い憧れをいだく。
しかも、淡い恋が描かれる主要な二人が、遊女になることを運命づけられた美登利と、お坊さんになる予定の信如。
大人になれば決して交わらない二人ですし、職業的にも真逆といえる立ち位置。
たとえ「美登利さんをお嫁にするんでしょう?」とからかわれたとしても、どんなに美登利に憧れても、結ばれることはない。
信如の立ち位置だって、仏道修行に入る身なのですから、遊女になる予定の女性と長く恋に落ちる関係は許されないでしょう。
こうした、「あり得ない二人の恋」を描くことで、読者をいっそうやきもきさせ、切ない気持ちを高めるという、非常に粋な状況設定をしていると思います。
それでいて、子どもたちはまだ幼過ぎて、お互いを意識しているのか、お互いを嫌っているのかがよく分からない状態も続きます。
後半、二人がお互いの気持ちに気づいた頃には、もはや手遅れなほどに、美登利が大人の仲間入りをする瞬間勝ちがづいていたのも切ないところです。
「紅入り友仙」のくだり
森鴎外が激賞したという、「紅入り友仙」のくだりとは、いったいどんなシーンなのでしょう?
概要をご紹介しておきますね。
ある時、母にお使いを頼まれた僧見習いの信如が、激しい時雨のため、美登利のいる大黒屋の寮の門前で鼻緒を切ってしまいます。
障子の中硝子からその様子を眺めていた美登利は、相手が信如とは知らず、
「友仙ちりめんの切れ端」をつかんで庭に飛び出します。
困っていたのが信如だと気づくと、勝気なはずの美登利が赤面して、声もかけることができません。
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