自分の存在意義にたどり着くための問い
近年の様々な研究によって、人は、集中していながらも、リラックスしていられる状態というのが最もパフォーマンスが出ることがわかってきました。企業などにおいて、マインドフルネスが取り入れられているのもその象徴と言えると思います。
では、いわゆるマインドフルな状態でいられるようになるための秘訣は何かと問われたら、私は迷わず、
「自分は何者なのか?自分は何をなすためにこの世に生を受けているのか?」
という存在意義にたどり着いているかどうかをあげます。
しかし、それを発見するのはいうのは容易ではなく、実際には長い年月を要し、根気のいる作業です。
トム・ソーヤの冒険を書いたマーク・トゥエインが、
人生で最も大切な日は二つある。
一つはあなたが生まれた日であり、
もう一つはあなたがなぜ、生まれたのかを知った日である。
と述べているほど、その日を迎えることの重要性と稀有なことであることを
明示しています。
実は数年前に、この自分の存在意義にたどり着くための、自分の内面に深く
入り込むための『問い』について考えたことがあります。
そして、数日間の内省を経てたどり着いたのが、
「私という存在が一冊の書物だとしたら何が記されており、読者にはどんな
体験が残るのだろうか?」
という問いでした。
当時、セラピストとして有名な故カール・ロジャーズの半生を綴った書籍を読んでいて、彼にお会いしたことはないものの彼の人となりや生涯に渡ってのテーマに触れさせてもらうような体験がありました。
よくよく考えてみると書籍に触れたとき、読み手はその書籍が一言でいうとどんなことを言おうとしているのかを何かしら感じ取るものだと思いますし、何かしらのものを得た体験になると思います。
自分という存在を一冊の書物だとしてみたとき、「私」という書物は、一言でいえばどんなことを伝えようとしているものに既に仕上がっているのか、そして、その読み手である私と接する方々は、何を得たというどんな読書体験(接触体験)に至っているのかということを切り口に内省を繰り広げました。
私の中でこの二つは明確に整理されたのですが、長くなるのでそれをさらに突き詰めた答えとしてたどり着いたものをご紹介いたします。
それは、
「私は人の根っこに『安心』をもたらすために生まれてきました」
というものです。
ここでいう『安心』は、安寧とか心の平安とかのほうが意味的には近いのですが、この時に出現したのが『安心』という言葉でしたので今はそのままにしています。
私という書物には何が記されており、どんな読書体験になるのかの詳しいバージョンは、いつかどこかの時点でご紹介できればと思いますが、非常にパワフルな問いなので、皆様ご自身でもぜひ深めていただきたいと思います。
あなたという存在が一冊の書物だとしたら、読者にどんな体験が残ると思いますか?
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