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かえるの子

「お父さんがFacebookに私の撮った写真を載せて、それに蛙の子は蛙ですねってコメントが来て、それをお父さんが嬉しそうに話してた。それを見て私は写真を撮りたいと思った。」
「多分お父さんに褒めてもらいたかったんだと思う。嬉しそうだったから。写真撮ったら話せるから。」

自分で、自分が話していることに驚いた。
涙が出そうになった。
それにもびっくりして、涙をこらえてしまった。
泣くということは、自分の弱いところを明示するようで、怖くて、いつも抑えてしまう。
だけど突然涙が出るところはいつも、本当があるところだった。

私は多くのことを忘れてるし、幼稚園生、小学生、中学生の頃のことなんかほとんど覚えていない。
だけどたまに、これはって覚えているのがあったり、突然思い出したりということはある。
今日は話しながら、そこにあることは知っていたのに外に出したことがなかったことが出たような感じだった。
泣きたかった。
永遠と泣きたい気持ちだった。


去年、たまに聞くラジオ番組内の視聴者の相談コーナーに、相談を送って採用されたことがあった。
明確に、丁寧に述べられた言葉の数々を当時の私は上手く受け止められなかった。
メールには父に対する悩みを主に書いていて、回答の主は「あなたの家庭は機能不全家族である」「あなたのお父さんは自分に能力がないことの言い訳を家族に押付けている」「あなたのお母さんもまた毎朝同じ選択を続けている」「あなたは自立できないと思っているけれど、何かやりようはあるはずだ。考えるのならそれを考えるべきだ」というものだった。

私は、当時とても怖かった。
私が自己保身的な文章を衝動的に書いて送り、そのせいで父や母が辛辣に機能不全家族のレッテルを貼られるようなことを招いてしまった、ことを大袈裟にしてしまったと自責と恐怖に駆られた。
返信のメールには、レッテル張りされたことの怒りや、自分の文章の至らなさ故に受け取りの誤解を招いたと書いてしまった気がする。

1年が経ち、母の考えでそのラジオを聞き返した。
私は驚いた。
状況や悩みが去年と全く変わっていなかったことに。
受け取り方は変わっていた。
回答してくれたひとの答えが的はずれで大袈裟に感じていたのに、今聞き返すと的を得ているようにしか聞こえなかった。
父から受けているのはモラルハラスメントであり、父は病的である、と、今の私は認識した。
夕方にポテチ食べながら映画見れないのも、家事に対して脅迫的な感覚があるのも、夜眠れないのも、セルフプレジャーがやめられないのも、自分の問題だと思っていた。
自分が病的すぎて、不安定すぎて、だからこんなにぐちゃぐちゃになってしまうのだと思っていた。
なんとなく死にたいのは当たり前だったから。
生きるってそういうことをやり過ごしていくことなんだと思っていた。
でもおかしかった。
それは全部おかしいことだった。
大袈裟ではなかった。
私や母が抱えている痛みも、父の話の通じなさも、家庭内の緊張感も、全てあった。
なかったことにしてきたのは自分だった。
私の症状はコントロールできないものであったが、理由なく突然起こるように感じられていただけで、いつも必ず理由はあった。
忘れていた。
いつもなんとなく苦しかったから、苦しいことに理由がある可能性を忘れていた。

「お父さんには沢山助けてきてもらったから、多分、気づかないうちに。だから私は見捨てちゃいけないと思っていた。それにひとりでいたらきっとすごく寂しいから。だからこのままで何とかしなければと思っていた。」

母が話す今まで父に言われてきたことは、ちょっと酷いことでは済まないほど酷いものだった。
母の尊厳を踏みにじり、人として生きることを肯定できなくなるような言葉だった。
パワハラ上司でもここまで言わないという感じだった。
それほどのことを言われていることに私は気づけなかった。
父がちょっと鬱なんだと、いつか治ることなんだと思っていた。
父がちょっと人として最低なんだと思っていた。
だけど、何年も何年も繰り返し私は父のことを話して泣いていた。
苦しい理由がわからなかった。
だけど、私だけの問題ではなかったし、私や母だけでどうにかできる問題でもなかったことに、ようやく気づいた。
私が何かがおかしいと思った日から、6年経って。

ラジオに相談を送ってよかった。
当時は後悔していたけど、何度でも忘れたら聞き返せるし、またがんばろうと思える。
本当にこのままでいるしかないのか、活路を探し続けることが大切だと、回答してくれたひとは言っていた。
父と話すと、何も上手くいかないし世界の全ては最悪で私も最悪なんだと思う。
やりようがあるとはなかなか思えなかったが、わたしはまだ18年しか生きてなくて、青年期のほとんどを家で過ごし、この訳の分からない世界のことをほとんど知らないのに、確信的でいられることがおかしい。

離れたい。
いきたい。


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