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フルーツナイフ #読書メモ 

会社の部署異動があって、
通勤時間が3倍近くになった(早く引っ越したい)。
電車に乗っている時間が増えたので、
その時間を睡眠と読書に使っている。

小説はページの閉じ時が難しくて、目的地で降りそこねてしまったのを機に、
エッセイを手にとるようになった。

学生のころは、エッセイにまるで興味をもてなかった。
知らない人の日常はどこか他人事で入りこめなかった。

昨年から、本を読んだら気に入った言葉をノートに書き留めることを始めた。
ふとノートをめくってみると、小説よりもエッセイからの方がたくさんの言葉を拾っていた。

今の私は、他の誰かを通して見える世界に触れることに、面白さを感じるようになっていた。

書きためた言葉を見返すと、その時の自分の心持ちが表れているような気がしておもしろい。

仕事の人間関係で悩んでいた頃、こんな文章を書き留めていた。

わたしはアミのフルーツナイフみたいな鋭い言葉に結構救われていた。膿が出ないと完治しないような悩みばかりだった。

うたうおばけ くどうれいん


鋭い言葉は人を傷つけるものだと思っていた。
できるだけ柔らかい言葉を選びたいと常々思っている。

けれど、もやもやしていた気持ちを、
友達がそれこそナイフのようなスパッと切り裂く言葉で表してくれたとき、
端から聞いたらきつい表現だったとしても、
私は確かに救われた。

周りの人それぞれ私の中には無いことばを持ち合わせていて、
だからこそ、善くも悪くも、ものすごく響くことって結構あると思っている。

エッセイを読むと、
現実で出会っていない誰かから言葉を受け取ったような気持ちになるのが、
今の私には面白いのかもしれない。

・・

2024の年末に振り返りとしてこの文章を書くつもりだった。
けれど、仕事を納めたその日に発熱し、頭がぼんやりしてなかなかまとまった文章を書けず、年が明けてしまった。
今も咳をゴホゴホとしながら書いている。

自分が痛い目に合わないと健康の大切さがちゃんと分からないし、
痛い目をみたことは少しするとすっかり忘れてしまう。
2025年は自分の身体への気遣いを忘れずに、毎日を過ごしたい。

昨年の暮れにnoteをはじめたばかりですが、
今年もどうぞよろしくお願いします!


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