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ィイ・ヤシロ・チvol.69 天狗の御使い旅その8 英彦山神宮
富士山から金比羅さんへとつながった、天狗の御使い旅。はてさて、これから富士山太郎坊さんの御神水を何方に運べば良いのか、思案をしているうちに、わたくしは親戚の法事に参列することになった。
九州のその付近に、英彦山があるということは前々から存じ上げていたが、何年か前の水害で、最寄り駅までの鉄道が分断されていたために、棚上げしていた参拝計画。最近はバスでの補完ルートもできたとかで、そろそろお参りタイミングかなと考えていたところ。
法事の翌日のスケジュールがちょうど空き、親族で英彦山にお参りしよう!となった。この流れに乗って富士山のお水を届けることに決めたわたくし。つまり、行き当たりばったりの何の根拠もないことだと承知のうえで、もし現地で違うと感じれば修正すればいい程度の感覚だった。
それに、相互フォローのnoterさん燿(hikari)様が以前アップされていた秋の英彦山の記事が、彼の地への憧れを大きくしていた。四月の英彦山は全く想像できないなりに、どんな風景が待っているかとワクワクと期待する。
行くと決まって少しリサーチしてみると、英彦山の一般参拝のエリアに、水神さんがおいでだと知れた。それならあながち見当違いでもあるまいと考える。こうして、富士山のお水を英彦山に届けるミッションが始まった。
そうであればと、偲フ花さんの記事を参考にさせていただく。↓
当日はあいにくの雨模様。車で耶馬渓経由のルートを辿り、英彦山へ向かう。途中立ち寄った耶馬トピアなる道の駅に併設されている資料館を休憩がてら見学すると、英彦山が描かれた絵図が展示されていた。
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耶馬渓の歴史と文化に触れて、此方の美しさが増す秋に改めてゆっくりと再訪したいと思った。退出の際、職員の方が「この天気で英彦山?気を付けてくださいよ。」と心配顔で声がけくださった理由が、この後大変身に染みることになる。
というのも、落石注意のつづら折りの狭い山道を霧の中長々と進む、かなり難所の道のりだったからである。その悪路をやっと抜けてホッと安堵したタイミングで、広い駐車場のある神社が現れた。高住神社と表示されていた。
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運んでもらうだけのわたくしでさえ緊張が長く続いた疲れをリセットしたかった。全く知りもしない神社に、同行者そろっての同意で、途中下車の参拝となる。「ここはどうなっている?」霧で視界が遮られて、現在地の様子がなかなかと把握しづらい。
鳥居に近づいてみると、湧き水を持ち帰る人々がいた。鳥居の先は霧でよく見えず、いったいどのくらい石段を登らなければならないかも不明。みんなで顔を見合わせ「どうする?」となったが、いい具合に雨脚が弱まり、いけるところまで行こうと決まった。
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登ってみると、整備された石段の先にドーンと巨木が立っていた。しかもその名は「天狗杉」。出来すぎだよと、うっかりと小さく独り言ちてしまったわたくし。
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豊前坊天狗神とは?自分が天狗さんに完全に引き寄せられていることに驚きつつも、観念するしかないと腹を括る思いを新たにする。
↑この資料によると、武芸に秀でた日本屈指の大天狗であり、正義を尊ぶ存在のようだ。お招きいただいたのならば、確りとご挨拶しなければと気を引き締めるわたくし。
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幽玄な気配が満ちる霧の中に浮かぶ拝殿にご挨拶をして、中を覗くと、天狗の面が掲げられていた。その後は、右手にある龍神の社を見つけてお参りし、こちらのお水を持参のペットボトルに頂戴する。最後に、社務所で天狗みくじを授けていただいた。
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不意打ちのような、まさかの天狗様へのご挨拶参拝を経て、お昼時の英彦山エリアに無事到着。最寄りのカフェHIKONIWAでランチタイムを過ごす。
おしゃれな店内と、多分好天ならば最高の見晴らしを楽しむはずが、本日は霧と結構な雨。それはそれで幻想的な雰囲気を貸し切りで満喫し、豆乳チーズケーキのデザート付きのカレーランチを堪能して、お土産物もゲットした。
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さて、これからが本番の英彦山参拝。悪天候の視界不良の日帰り参拝と制約もあり、スロープカーで奉幣殿に上がる楽ちんコースにする。
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わたくしにしては、珍しく土砂降り参拝ではあるけれど、この日は黄砂が途轍もなく飛来したので、個人的には「好天」である。花園を眼下に、清めの雨なのか、龍神の迎え雨なのか、とにかく有難い。
途中の参道駅を過ぎて出発の花駅から7分で奉幣殿のある場所まで安全に楽々と運ばれた。高い場所にあるとは思えない広々とした社前が、拝殿の大きさを把握しづらくするが、昭和50年に新しく「神宮」と称される当地は、まさしく別格のイヤシロチである。
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これまで参拝してきたどちらの神宮とも異なる独特の豪胆な気を発する、奉幣殿。それに圧倒されて立ちすくむわたくしに、スロープカーの運転手氏が話しかけてくれた。曰く、このお仕事に就いて以降、英彦山の御由緒やいくつかのトピックスを学び、出会った参拝者に伝えていると。彼のボランティアガイドの中で聞いた、蟇股の万年青の説明も大変に印象に残り、有難いことだった。
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近寄ればさらに実感する規模の大きさ。小柄なわたくしが背伸びをして拝殿を見上げ、やっと床の高さに届く。鈴も、しめ縄も、本当に巨大だ。
親切で明るいガイド氏にお礼を告げた後、最寄りの下社を参拝しようと石段を登った。雨はなぜかまた止まったけれど、上方から雨水が流れ下りて、水たまりもある石段は一個が大変大きい。距離は近いがことのほか、難儀な上り下りとなった。
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下社の境内に辿り着き、この石像の前で天狗さん招待を確信する。そして、英彦山に太郎坊さんの御神水を届けることは、たぶん正解だと思う。
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下社に参拝すると、「元熊野」淡路島の諭鶴羽神社の奥宮と同じ、十二所権現が祀られていた。「熊野権現御垂迹縁起によるとその昔、甲寅の年、唐の天台山の霊神が、九州筑紫国、英彦山の峰にご降臨され戊午の年、伊予国、石槌の峰に渡られ甲子の年、淡路国、諭鶴羽の峰に渡られた後、庚午の年、熊野新宮、神蔵の峰に渡られた云々・・・と伝えられる。」という諭鶴羽神社の御由緒ともつながっている。英彦山は、熊野に連なる修験道のルートの拠点でもあったのだ。
天狗さんの意思をはっきりと認識し、いよいよミッションに取り掛かる。奉幣殿の前に戻り、霧に包まれた境内を見回すうちに耳に流水音が届く。それを頼りに進むと、天之水分社が在った。
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龍神祝詞をあげてから、持参した富士山の御神水をどうぞとこちらに届けた。本来はシャクナゲの花まつりの日曜で参拝者が多いはずが人払いされて、じっくりとご挨拶できるのもお約束。最後に、こちらの御神水を自宅へと持ち帰らせていただいた。
ミッション完了の諾の徴は?と思った瞬間、同行者の一人が奉幣殿の後方の大樹を指さし「あの木、大きいね」と言った。ああ、あの木でご報告しろと?と向かえば、はっきりと見えてくる枝ぶりが常ではない形状であることを知る。「このてっぺんに天狗さんが立って見ておられる」と、ふと妄想した。巨木に向かって、これでよろしいでしょうか?と心の中で尋ねると何かが解けたような感覚を憶えた。水をつなげることの意味も理由も全くわからないけれど、とにかく御使い旅はこれで完了したようだった。
この卯月はハードな天狗の御使い仕事を授かったけれど、馴染みの薄かった天狗さんを知るまたとない機会を与えられたとも言える。
この国の山々も今、深刻な種々の課題を抱えている。外国による水源の買い占め、ソーラーパネル、海外資本の進出、誰のものとも言えない放棄された山林地、野生動物による被害などなど。さぞや天狗さんもご立腹であろうと想像に難くない。こうした視点をもって国土の7割を占める山を、再び宝の山として大切に扱うことを思い出す人の仔が段々と増えますように、と心底願ったことだ。
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最後までお読みくださり、ありがとうございます。和風慶雲。