【斥けるのは自らか】

 生きたい思いがあったとて。
 この思いを拒めるものは誰か。
 それは他でもない私自身なのだ。
 
 私は、「生きたい」という気持ちと裏腹に「死ぬかもしれない」という恐怖に怯えている。その瞬間ごとに生きようとする歩みを意地でも止めようと揺さぶりにかける。
 
 人生とはそういうものだ。生きるということは、同時に恐怖と共に歩むことだ。
 これに関しては分かっていても。分かりきっていても恐ろしいものなのだ。
 
 死を斥けることは容易いことではない。
 どのようにして歩みを止めず、重い足を上げてこじ開けていくのか。
 決して、根性論で語ろうとは言わない。ただ、精神論を否定することはできないから結局は「思い」の問題に置き換えられてしまうのである。

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