それって本当にグリーン…? 疑問からうまれた最小サイズの人工金属酵素
「最小」というワードがどうしても気になり、前回の訪問からそれほど日を空けずノックしてしまった石原一彰さん(工学研究科 教授)の研究室。
石原さんが取り組んでいるのは「人工金属酵素」。自然界の酵素はかなりの優れものです。これを産業にも活用していくため、自然界には見られない新規の化学反応を触媒する酵素の研究開発が盛んに行われているのです。
1990年代後半に注目され始めたグリーンケミストリーに構想を得て、長年の研究の末、昨年12月に発表した最小サイズの人工金属酵素についてお話を伺いました。
── 「最小」とは、世界で一番小さいということですか?
世界で一番というか、アミノ酸一つと金属からなる酵素なので「最小」という位置づけになるかな…。酵素はタンパク質が金属を覆うような構造です。今回発表した人工金属酵素は、アミノ酸一つの構造を少し変えて、そこに銅をつけただけです。アミノ酸はタンパク質の最小ユニットですから「最小人工金属酵素」と表現しました。
── ”投げ縄”触媒のときは、鏡合わせの分子を左右作り分けることを重視されていました。
今回の触媒も、左右の作り分けができるのですか?
20年近く研究を続けて、右も左も作れるようになりました。
── 触媒の形をほんの少し変えることで、左右を確実に作り分けることができるのですね。
はい、これがとても大切なんです。アミノ酸は鏡合わせの関係にある異性体がありますが、自然界のアミノ酸はほとんどがL体(左手型)です。つまり、天然の酵素は片方の向きの分子しか合成できません。でも医薬品を合成する場合は、両方を作り分けて、左右のどちらが有効でどちらに深刻な副作用があるかを調べないといけません。天然の酵素を用いて合成したものが、医薬品として有効とは限らないからです。ところが今回作った人工金属酵素は、同じ天然のアミノ酸を使っているのに、化学修飾の仕方をほんの少し変えるだけで左右を作り分けられるのがポイントですね。
── ところで、たった一つのアミノ酸で酵素を作ろうという発想はユニークですね。
1998年に発表されたオランダの研究がきっかけでした。トリプトファンというアミノ酸と銅で作った触媒だったんですが、有機溶媒ではなく、水溶媒で有機反応ができる点が面白いと思いました。当時はグリーンケミストリーが注目されていて「水の方が安全」という風潮もあったので。でも、よくよく考えると、水溶媒はよくなかったんですよ。
── 水がよくない…んですか?
その論文の実験を再現してみると、大量の水を使うことがわかったんです。水は安全ですが、我々が生きていくのに必要ですよね。それを大量に利用して汚すわけです。回収するには沸騰して蒸留しないといけないから、ものすごいエネルギーがいるんです。燃やすこともできません。蒸発しやすい有機溶媒なら、ちょっと減圧すれば簡単に蒸留して回収できるのに。
── 実は有機溶媒の方がグリーンだったということですね。
有機反応がターゲットなのに、水溶媒はそもそもなじまないんです。やるとしたら、とんでもないスケールになる…。方向性が違うと判断し、有機溶媒に切り替えました。参考にした論文から離れ、オリジナルな研究を展開した結果、コンパクトなサイズで効率的な反応が可能になりました。
── 何が本当に大切か、トレンドに流されず見極めるのは難しそうです。
そうですね。純粋なサイエンスとしての新規性や学術的な評価に対して、社会への貢献度はすぐに評価できないこともあります。時代とともに社会の構造が変わると、価値観が変わることもありますし。
── 学術的な評価と社会への貢献度、石原さんはどちらを重視しますか?
両方重視しています。工学部に所属していることもあり、自分の研究が社会にどうつながっていくのかはいつも考えていますね。共同研究先の企業から学ぶことも非常に多いです。社会のニーズに応えようとする企業の姿勢は、本当にすごいですよ。一方で、大学の人間として、新規性や学術性ももちろん考えます。バランスですね。
── 経験や勘をベースに、違う立場の人たちからも情報を仕入れ、広い視野を要する工学研究を展開していくのですね。小さな触媒がとても大きなものに感じます。成果の詳細から研究への思いまで、お話をありがとうございました。
※冒頭のXポスト内、石原さんのお名前に誤りがありました。お詫びし訂正します。【誤:石川一彰さん→正:石原一彰さん】
インタビュー・文:丸山恵
◯関連リンク
プレスリリース(2023/12/5):「最小人工金属酵素:π-銅(Ⅱ)錯体触媒が切り拓く新たな有機合成法 ~単離困難なアレンアミドの実用的不斉付加反応に成功~」
論文(2023/11/30):アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版(オープンアクセス)に掲載
Ishihara Group Lab(研究室HP)
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