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19歳になったら奴はグレた。
海の向こうで大谷翔平が前人未到の記録を打ち立てた9月、うちの長男は19歳になった。
昨年までの9月といえば、体育祭や文化祭などの学校行事が目白押しで、私は『青春』を全身に感じながら年齢を重ねる長男の姿に眩しさを感じていた。それなのに浪人生となった今年、予備校と家の往復しかしていない彼の口数は減り、しばしば全身からイライラを醸し出し、下手に触れると尖った言葉を光の速さで飛ばしてくる、非常に厄介な19歳となった。
それでも我が子。
せめてプレゼントぐらいは奮発してやろうと、9月に入ってすぐに「何がいい?」と聞いてみたところ、返ってきた答えは、
「ヒゲソリ」
という非常に実用的なもので、私は『一体この子の青春は何処へいったんや』と心の底から落胆した。それなら現金の方がまだええ。
可愛くない。
そう、可愛くないのだ。
そりゃ毎朝の髭剃りが日課となっている19歳の青年に可愛さを求める方が無理なのかもしれない。しかしお腹を痛めて産んだ子が、昨年までのキラキラした学生生活から一転、
「電車にイヤホンのケース忘れた」
という理由だけで予備校を3日も休むとは思わんやんか。さっさと取りに行けや。
有難いことに身体だけは健康で、小中高と休むことがほとんどなかったのに、誕生日を過ぎた頃から「寝坊した」「やる気が出ない」「つまらん」と頻繁に休むようになった。
19歳になったら奴はグレた。
まぁ確かにこの子は、昔から人一倍我が強かった。だからこれが本来の姿なのかもしれないけれど、それでもこっちは高い金を払って予備校に行かせてる訳で、しかも予備校は最初に年間の授業料を払ったら最後、途中で辞めても1円も戻ってこないという恐怖のシステムであるが故に、担当さんも「このクラスについてくる覚悟はありますか?」と本人の意思をしっかり確認してくれてから申し込みをしたにも関わらず、フラフラと家の中を回遊している長男を見てたら一言物申したくなるのは母親の性…いや愛情で、「塾行かへんの?」となるべく平然を装って声を掛けた返事が、
「ベンキョー飽きた」
ってなんやねん。知らんがな。
それからしばらく、「あんな奴、落ちてしまえ」と旦那に愚痴りまくり、長男の弁当作りも放棄し、46歳の私もグレた。
県内の大学は受験しないので、春には家を出て行く。それを寂しと思っていた気持ちはどこえやら、「さっさと出ていけばええのに」と煩わしささえ感じるようになっていた11月、小6三男の修学旅行先は長男の第一志望の大学がある土地で、楽しい2日間を過ごして帰ってきた三男が、
「はい、これあげる」
と渡したものは、有名な学業の神様がいる神社のお守りだった。
7歳離れた三男にめっぽう弱い長男は、「お守りにお小遣い使わなくてもよかったのに」と言いながらも嬉しそうに受け取り、「楽しかった?いいところだよね」と穏やかな顔に戻ったなと思った途端、
「ボク、また行きたいからにぃちゃん絶対受かってよ!絶対だよ!!」
と半端ないプレッシャーを掛けられ、「いや、まぁ頑張る…」と答える目は泳いでいたけれど、次の日、朝から予備校に行った長男のリュックにはしっかりとお守りがくくりつけられていて、私はそれを可愛いなと思ってしまった。
『しゃーないな』
多分、この子の性格は一生直らない。
そして、きっと来年も再来年も私は愚痴っている。
でも、真っ直ぐだ。
寄り道しながらも、真っ直ぐ自分の我を通している。
だから私も真っ直ぐ応援しようと思う。