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大丈夫と十分生きた。病み系に共通する言葉の意味とは?

うちのCASでは、しばしば、絶叫するリスナーがいる。理由は、病みの吐き出し方が分からなかったり、自分の気持ちのが置き場所が見つからなかったりと様々な理由がある。しかし、そんなリスナーにキャスの裏で話を聞くと返って来る言葉は大丈夫。絶叫リスナーたちは、「凪沢さんに、これ以上、迷惑掛けられない。自分の気持ちに蓋をした方が幸せ。」と言う。しかし、絶叫や天使の羽のついた絵文字を見ると、何かあったと想像はつく。相手との信頼関係が足りないのか。元々、ネットだから、信頼関係がないのは、当たり前かとも思う。だけど、よくよく、話を聞くと、大人全体に対する信頼感のなさがある。今まで、リスナーが経験してきた最悪な裏切り体験を私に投影させ、「どうせ、凪沢さんだって」と暴れまくるリスナーや「…や😭」だけ送ってくるリスナーもいる。みんな、言葉の裏では、自分の気持ちをわかって欲しいという思いが見え隠れする。でも、言わないと結局は伝わらないのだ。だけど、行動することを怖がり、死にたいと口にする。
そして、「十分生きた」と自分を納得させるために嘘をつく。そこに満足はないから。十分生きたと言える人生なんて生きれる人どれくらいいるか分からないけど、リスナー達と私の中にある納得した人生を探すことは、やめたくない。

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