アール・ド・ヴィーヴル07/優雅な生活が最高の復讐である
僕たちは旅好きで、現在は東京と浜松と京都の多拠点を移動しながら生活している。たしかに、冷蔵庫や洗濯機は3台いるし、食器だって、着るものだって分散している。そして、いつもトランクをガラガラ引いて。こんな暮らしがもう何年も続いている。
別に一か所にドーンと家をかまえて暮らすのも悪くはないし、時期がきたらそうしたいねとよく話している。
でも、今はうろうろ。あっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
浜松はとっても気にいっている場所で、ここは本当に盲点だと思う。京都だ、金沢だ、伊豆だ、ではなくて、浜松。ここにあるのは観光名所ではなくて、 湖と大きな川と海。1つの県に3点セットであるのは珍しい。温暖で、空気・水・光がきれいで、空が広くて、なにより夕焼けが美しい。
僕は浜松に住んでから、雲の写真をよく撮るようになった。雲コレクション(雲コレ)と呼び、毎日のように空の写真を撮る。
浜松では、朝起きて、ベッドでごろごろして、ご飯を食べて、ちょっと気がつくと、もう美しい光の時間が近づいてしまう。こんなときは何はなくとも白ワインで、気づくともう眠ってしまっている。だから、逆に夜中に目が覚めてしまうことも多い。
平成から令和の10連休も、5月に入ると晴天つづきで、本当に気持ちよい日々だった。
渚(以下、N)- どーしたの?寝れないの?何時かな。(時計を見る)まだ3時だよ。
繁雄(以下、S)- あー、眠れないなー。いっそのこと今から起きて、もう一回呑みなおすっていうのは?なんか、おなか減っちゃったな。
N- いいね。休みだからいいじゃん。いまから起きて、夕方のつづき。(いそいそと起き出して冷蔵庫からワインを出して、つまみを作り出す)まあ、「カモイクッキング」だけどね。
S- この白ワイン、安いけど当たりだったね。(ぐーっと飲む)
N- なぎさ酒場へようこそー。(ちくわとクリームチーズ・ハム・コリアンダーのサラダなどをパパっと作って出す。そして「ママ」に変身)どうしてんのよー、最近。なんか面白い話でもしてよー。
S- うーん。連休中にぼーっとしたいから、ネットで買っといた溜まってた本を読んだんだよ。まず、昔読んだ「優雅な生活が最高の復讐である」って本だな。
N- なんか面白そうな本、ベッドで読んでたね。
S- 30代のころ読んだ本なんだけど、書いてるのが僕の好きなアメリカのライターで、カルビン・トムキンスっていうんだよ。本の内容は、まあ、ざっくり言うとさ、スコット・フィッツジェラルドが書いた「夜はやさし」のモデルになっているジェラルド・マーフィー夫妻のことを、偶然夫妻に出会ったトムキンスがインタビューして、「実体」について書くという本なんだ。
なんで「実体」かというと、フィッツジェラルドは、まあ、マーフィーの生活に嫉妬して、そのあげく、彼らをモデルにしながら、それがあたかも自分たちの暮らしぶりはであるというように捏造して「夜はやさし」を書いたからなんだ。
N- ええー!コワー。
S- マーフィーは、ニューヨークの、今なら趣味のいいセレクトショップを営む貿易商のぼんぼんで、家業なんか継ぎたくないから、ロンドンで建築とか庭とかを勉強する。家業をいやいや継いで、美しい妻のマリーとパリに生活拠点は移して、そこでディアギレフがやっているバレエ・リュスの美術担当のゴンチャロヴァから絵を習うんだよ。
N- パリがいちばんおもしろそうな時だね。アーティストもいっぱいいた。
S- そう。ピカソはマーフィーの親友だしね。才能はあるけれど、お金はない天才たちが、ワイワイ騒いでるわけだからね。第二次世界大戦前の、一番すてきな頃のパリだよ。
N- で、マーフィーたちの生活が最高なの?フィッツジェラルドが嫉妬するくらい?
S- マーフィーたちは、金持ちだけど、贅沢じゃないんだ。友達を集めたパーティーをひらいたり。そうそう、大切なのは、彼らが結婚するときに「生活を2人でアートにすること」って約束しあうということなんだな。アーティストになること以上に、アートとして人生を生きるというのかな。
N- 生活を捏造したフィッツジェラルド夫妻はどうなったの?
S- まあ、嫌な感じだな。お金があっても、才能があっても、素敵に生きることはむずかしいっていうことの代表だね。虚栄やデカダンスは僕は好きだが、悲劇はごめんだね。フィッツジェラルドの奥さんのローラは、波乱万丈の末、発狂してしまうし。
N- 不幸か。
S- そう。でも、誤解をおそれず言うなら、不幸になる人は、不幸好きなんだと思う。みずから不幸に近寄って、周りが見えなくなって、帰ってこれなくなる。
N- マーフィーたちの暮らしは、どんな暮らしだったのかな?
S- トムキンスの本に、モノクロだけど写真が入っていて、今なら「ELLE DECOR」や「KINFOLK」に特集されるだろうね。繰り返すけど、趣味がいいのと、贅沢は別だから。彼らが自分の生活のために作った空間はシンプルさ。
N- そっかー。なんか憧れちゃう。そういう暮らしがしたいなあ。本、読んでみようかな。
S- タイトルになっているのは、マーフィーが自分の子どもを教育するときにいろんなアフォリズムを言って子どもにそのことを考えさせていて、「優雅な生活は最大の復讐である」とは、スペインの格言らしい。でも、そこには「リベンジ」だから、ちょっと反逆的なにおいがプンプンしてるよね。
N- 価値観をひっくり返す。
S- そう。「なにが優雅な暮らしなもんか。」と。優雅ぶってるヤツラを否定してるよね。マーフィーは、優雅に暮らしながらも、自分の親戚や、趣味の悪い金満ブルジョアが嫌いだったんだな。人は人、僕らは僕ら。そして、アーティストたちみたいな、自由人とワイワイやっていたかった。
N- そんな人に会ってみたいね。
S- まあ、なかなかいないしね。トムキンスはライターで、マーフィー夫妻に会って、変わったんだと思う。僕は、アートライターで一番好きなのがトムキンスで、彼の書いた「マルセル・デュシャン」は、分厚い本だけど、何回読んだかな。
N- あっちの部屋の本棚にあるよね。
S- デュシャンは仙人や哲学者みたいにアートの連中は崇拝するけど、トムキンスは、デュシャンが妻のティニーとどんなに楽しく暮らして、そして突然死んだかを見事に書ききっている。
N- ラブリーが大事ってことよね、アートも。
S- そうそう。ラブリーにカンパーイ。白ワイン、一本飲んじゃったぜ。
N- だいじょうぶ。もう一本、イタリアの白ワインがあるから。
S- ラブリーにカンパーイ!
N- まだ言ってるよ…酔っぱらっちゃったね。ほかにもなんか分厚い本読んでたよね。あれは?
S- あれは、偶然だけど、バレエ・リュスを作って、ストラビンスキーや、ニジンスキーを売り出した天才プロデューサー、ディアギレフの伝記だよ。ハンスウルリッヒ・オブリストがキュレーターの仕事を説明するときに、ディアギレフの話を引用してるのが、僕は好きなんだよ。
N‐ マーフィーが絵を習ったゴンチャロヴァがいたバレエ・リュスの親方の話だね。どんな引用?
S- スペインの王様が、ディアギレフに「他のアーティストたちは働いているのに、お前は何もしとらんじゃないか」と言うんだ。そしたらディアギレフは王様に「王様と同じでございますよ」というんだ。何もしてないのではなく、彼がいないとまとまらない。キュレーターとはそんな存在なんだと言ってる。うまいこと言うよね。
N- この本の表紙の人だね。不思議な色気があるね。
S- ゲイだったんだよ。オペラグラスで、好きなニジンスキーを見てたらしい。でも、いっつも金がなくて、家もなくて、付き人ひとり、高級ホテルの宿代を踏み倒しながら興行をつづけていた。そして最後は大好きだったヴェニスで死んじゃうんだよ。
N- お墓はヴェニスにあるの?
S- そう書いてある。
N- じゃあ、こんどヴェニスに行ったらお墓詣りね。あー、眠くなってきた。あ、あれ金星じゃない?夜も明けてきたよー。おやすみなさーい。
BOOKMARK…
優雅な生活が最高の復讐である https://amzn.to/30VTiyM
マルセル・デュシャン https://amzn.to/2YrlwnH
ディアギレフ芸術に捧げた生涯 https://youtu.be/jyxxWGQvqrU
ELLE DECOR https://www.hearst.co.jp/brands/elledecor
KINFOLK https://kinfolk.com/
浜松まつり https://hamamatsu-daisuki.net/matsuri/
後藤繁雄Instagram https://www.instagram.com/shigeogoto
後藤渚Instagram https://www.instagram.com/nagisagototeshima
取材・問い合わせ先 artdevivreGOTO@gmail.com
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