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アール・ド・ヴィーヴル01/熊谷守一夫妻のアール・ド・ヴィーヴル

どうしてモリカズに惹かれちゃうんだろうね? と僕が聞いたら、うちの奥さんの後藤手島渚が「外の世界にあるものに関心が開かれているでしょう。その、ヘンでキュートなところが人の心をつかむと思う」と言った。

僕も奥さんも、昔からめちゃくちゃ熊谷守一フリークで、モリカズの絵の展示があると聞けば、何をおいても一緒に見に行こうという話になる。
モリカズのお嬢さんである熊谷榧さんが館長をしている池袋の近く要町の熊谷守一美術館に行くのはもちろん、家の中にだって、モリカズのハガキや作品集を飾っている。

モリカズの絵は小さい。しかし、人の心というか、魂を鷲掴みにしてしまう力がそこにある。描かれているものは、庭の虫であり、植物であり、身辺日常のものであり、自分のエゴで捏造されたものは、何も無い。


絵というものは不思議だ。観察力や描写力があるから魅力的な絵となるわけではない。モリカズの絵は、子どもでも描けない「ヘンでキュート」なカタチに、現実が変換されている。
世の中の流行りや、美術史なんかに惑わされず、あわてず騒がず。


しかし、モリカズ自身は「絵にできるかどうか」だけに突き動かされているから、何度でも同じモチーフに挑む。はたから見ればそれがなぜなのか、訳がわからないということになる。
モリカズはよく書を求められて「無一物」と書いた。「何もない」ということをアタマでっかち悩まず、ここにあるものでいいんだよ。そこからいつでも無尽蔵のものが生まれてくることを知っていたのだと思う。
これは「生きる歓び」につながっている。
なんて面白い、含蓄のあることか。

僕と奥さんがいっしょに、いそいそと沖田監督が撮った映画『モリのいる場所』を見に行って、凄くいい気持ちになれたのは、もちろん主役の山崎努の見事なモリカズぶり、奥さん役の樹木希林の超名演ぶり。くわえるに、彼らをとりまく家と庭など場所の力が、見事に「いい仕事」をしていたことが大きいけれど、忘れてはならないのは、監督が「些細」に見える身辺日常のディテールを積み重ねて、なおかつ「軽み」をうまく残して仕上げたことにあると思った。
映画は、モリカズの家みたいに、「風通し」が良かった。熊谷守一夫妻は、大変な事態にまきこまれていても、ヘンに逆らわず、風通しよくきりぬけていく。それは、実に脱臼したユーモアの力が味方していた。

大きいのはモリカズのモラルである。彼は長命だったし、風貌から仙人とよばれたりして好々爺のように思うかもしれないが、その人生は、悲劇も多く、楽な人生ではなかったろう。しかし彼には、サイエンスの倫理がわかっていたから、つまり生命のサイクルがわかっていたから、凡百の悲しみとは距離がとれたのではなかったか。
モリカズ夫妻にとって、2人の人生や生死なども、庭の生命の営みと、何らかわることないものだったのだろう。モリカズが自分たちの子どもの陽が、幼くして死んだ時に無我夢中で描いてしまった絵や、霊前に供えられたタマゴを描いた絵を見るとき、モリカズ夫妻が、ただのほのぼの老夫婦でないことに気づかされる。

山崎努と樹木希林の夫婦ぶりの演技は、これが映画だと忘れるぐらい見事な呼吸をつくりだしていた。モリカズの絵の「ヘンでキュート」な見事さの秘密は、モリカズ1人が成し遂げたものではなく、夫婦の呼吸、庭の生命たちの呼吸とともにあったのだよと、この映画はおしえてくれるのだ。

「この映画って、アールドヴィーヴルだよね」と奥さんは言った。「いいこと言うね」と僕。

アールドヴィーヴルは、必ずしもアーティストの暮らしぶりのことではない。アールドヴィーヴルとは、「生活のアート」「暮らしのアート」の意味である。でも家の中にアート作品をコレクションして飾っていたらからアールドヴィーヴルなわけでもない。
生きることがアートであるというのは、アートだけでなく、食べること、暮らすことが、全て「歓び」に溢れているということだ。あり合わせの気の利いた料理や、窓から見える庭の雑草の花にさえ「わーい」という歓声を聴くことができるということだ。
この映画は、僕らに図らずもアールドヴィーヴルの可能性を見事に、しめしてくれたと思うのだ。
「固いものが食べられなくなったら、ペンチをプレゼントしてあげるからね」
映画が終わったとき、うちの奥さんがご機嫌な顔で笑っていた。

(この原稿は光栄にも上映映画館のパンフレットに掲載されたものです。2018年11月22日にDVDが発売されます!素晴らしい映画です。ぜひご覧になってください)

このnote「アール・ド・ヴィーヴル」で、これから僕たち夫婦(後藤繁雄・渚)の暮らしや旅のことを書いていきます。たのしみにしていてください!

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