不完全だからこそ
最近、Vaundyの曲が好きでよく聴いている。最初は流行りの歌というイメージしかなかったけど、フェスでVaundyの生歌を聞いてから魅了された。
Vaundyの曲が好きなところは、心地よく乗れるっていうのもあるけど、歌詞が心に響く。この世界で生きる人間の言葉にならないもどかしさや葛藤が表現されているように感じる。
とくに響いた歌詞が、
「しわあわせ」という曲。人間の真理だよなーと思う。どんなに感動的な日々を過ごそうとも、時間の経過とともに記憶は薄れていく。そして、どんなに素晴らしい時間を過ごそうとも、死んだ時にはそんな日々を思い出すこともなくなる。
だからこそ、人間は尊く、美しい
のではないかと思う。どんなに技術が進化しようとも、人間には必ず「死」が訪れるし、人生の中で感じた1つ1つの嬉しい出来事も悲しい出来事も少しずつ忘れていく。この素晴らしい瞬間を時間を忘れないようにと思っても、その時に見た景色も感じた感動もその瞬間が過ぎれば記憶となり、その瞬間と同じ瞬間を思い出すことはできない。
その不完全さが人間らしいとも思う。一方で、それに反するように、生きるための本能なのだろうか、人間は、不完全さを嫌い完璧を求めようとする。
うまくいかないよりもうまくいくことを望む。
できないよりもできるようになることを望む。
失敗よりも成功を望む。
人間の不完全ゆえに完璧を求め続けてきた結果が、人間の進歩であり今ある世界なんだと思う。
そう考えると、不完全であることは人間の創造性や尊さ、美しさに繋がっているんじゃないかと思う。
できないからできるようになりたいと思うし、苦悩や葛藤があるから、それをどうにか表現したいと思うし、忘れてしまうから、その瞬間瞬間に感動することができる。
完璧になれない不完全さが、人間の美しさになっている。そう思うと、完璧じゃなくていいし、完璧じゃないからこそ見える景色、考えること、感じられることがある。