嘘でできた世界
仕事帰りにいつも思うことがある。
それは、「今日も嘘だったなあ」と。
嘘をついているわけではない。
本当の私を偽って仕事をやり終えたのだ。
私は車の免許を持っていないので、自転車通勤。
いつも自転車を漕ぎながら「本当嘘ばっかりだな〜」と思い、まあまあな大きさで歌いながら帰っている。
朝、ロッカー室へ行くと私のスイッチが入る。
見慣れた景色のなかに、たくさんの先輩。
同じ病棟の先輩。
「おはようございます」声のトーンをいつもより高くして言う。
いつもそんな声出さないだろって自分につっこむ。
着替えを終えて、エレベーターに乗り、所属病棟へ向かう。
そこでもまた、「おはようございます。お疲れ様です。」
笑顔を振り撒く。
偽りの笑顔。
鏡を見て、いつもの顔に戻る。真顔すぎる。
今日の受け持ちを見て、担当患者の記録を見て情報収集をする。
その際、パソコンがあまりないため、先輩たちに断ってから借りる。
「おはようございます。今日も宜しくお願いします。
パソコン使いますか?」と。
私の病棟の先輩たちってパソコン見ずに、申し送りだけで収集する人もいるから。
「ありがとうございます!お借りします!」と、
また声のトーンを上げて伝える。
気持ち悪い。
情報収集しながら隣に座っている先輩が話しかけてくる。
私は普通に話すと、ボロが出る。
頭が悪いというか、とんちんかんなことを言ってしまう。
普段休みの日や家にいるときは素を出して変なことばっかり言っているけれど、仕事の時は180度性格が変わるからあまり人と話さないようにしているのだ。
わざわざ話すこともないしね。
大体先輩の言っていることを傾聴して、「あ、そうだったんですね〜へえ〜ああ〜そうなんですねえ。あ〜そうですよね。私もそう思います。私もよくやります〜。へえ〜ああ〜えええ〜あ〜」
ひたすら、聞き手に回る。
こんなのばっかりだから、きっと私は裏では「コミュ障」と呼ばれているに違いない。
先輩たちの話を聞いていて、面白いと思わないし、女たちというか、女社会というか、あの人たちって集るのが好きだから何か出来事が起こると「え、なになに〜?ええどうしたの〜?」って始まる。
それに私の病棟は40代後半から60代手前の人ばかりなので、しょっちゅうだ。
わかりやすく言うなら近所のおばはんたちの井戸端会議。
そんなことしてる暇あったら、患者の話でも聞いてこいや。
と思うばかり。
もちろん先輩たちは優しくしてくれるし、すごく頼りになる。
けれど、それはあくまで仕事上。
先輩たちも裏でヒソヒソと噂話ばかり。
「あの看護師さ〜」「あの患者さ〜」なんてことばかり。
みんな表面上は優しい人、物分かりのいい人を演じているのに、ひっくり返してみたら嘘ばっかり。
人付き合いは大事。
でも嘘ばかりの世界すぎている。
私にも優しくしてくれるけどどうせ裏では「こいつ仕事できねえな〜、使い物にならないな〜」とか思ってるんだろうなあ。
私はいちばん下なので特に意見を求められたりしない。
だって信用されてないし、経験も知識もおばさまたちに比べたら薄っぺらい餅だもの。
でも私はそこで自分だったらこうするけどな〜としっかり考えているのでえらい。
そう、私は居てもいなくても対して変わらない使い物にならないコミュ障職員なのだ。
自分の話をほとんどしないからどんな人なのかもよく知らないだろうし、やらなきゃいけない仕事は一通りはしてるけど、頼りにはされていないだろうし。
いつも先輩たちの端っこでひとり。
話しかけられたら話す。
そんな人、そんな自分。
仕事を終えるとスイッチが途端に切れる。
「あ〜だる〜。嘘ばっかりでだる〜。」
あの人も、あの人も、あの人も。
嘘ばっかり。
帰り道、自転車を漕ぎながら必ず歌うのは
星野源さんの「地獄でなぜ悪い」
歌詞の中に
嘘でなにが悪いか
作り物で悪いか
嘘でできた世界が
と出てくる。
あ〜そうそう。
源さんの言ってること、私の気持ちそのままだ。
あと、化物。
何気ない日々は何気ないまま
ゆっくり僕らを殺す
そしてまた変わらずなにも起こらず
ひとりお辞儀で帰る
それでも始まる逆襲の予感
今はこの声は届かず
未だ叶わぬ体中で藻掻く
思い描いたものになりたいと願えば
地獄の底から次の僕が這い上がるぜ
良いよねえ〜。
源ちゃんありがとう。
私は今日も嘘で生きていくよ。
帰り道にこの歌たちを熱唱しながら自転車を漕ぐために。
スイッチをON。