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another story-ほんとのところ⑫

ようちゃんと約束をした。
レッスンのときはイチャイチャしない。
するなら、ふたりだけのときだけ。
教室はようちゃんの仕事場だから。

これは以前、勤めていた会社であった出来事。
出社してロッカールームで身支度を整えて事務所のドアを開けたとき
部長とデザイナーの女性が体を寄せ合っているのを目撃してしまった。
私に気付いたふたりは咄嗟に離れたけれど
このふたりは不倫しているなとすぐに分かった。

目撃したことを同僚の女性社員に話したら
「ふたりで出張に行っていたこともあるし
まあ、みんな言わないだけで薄々気づいているよ」だった。

一度でも関係をもった男女の独自な淫靡な雰囲気は
隠そうとしてもまわりにバレてしまうものなんだ。

教室のドアはガラスで外からも中からも様子が分かる。
変な噂が立ってしまったら、ようちゃんも仕事がし難くなる。

その日のレッスンが終わりにようちゃんに聞いてみた。

「生徒さんと個人的に連絡とってはいけませんて規則があったりするの?」

「ないよ、バレなきゃ大丈夫。生徒さんと付き合っている人もいるよ」

「ようちゃんは生徒と付き合ったことあるの?」

意地悪に尋ねる。

「ないよ、なぎちゃんが初めて」

「そうなんだ」

何だろう、ちょっぴり感じる優越感。
私は女性としても生徒としてもようちゃんに認められたい。
最後の審判を下すイエスみたいに
私の価値を決めるのはようちゃんだと思ってしまう。

「ようちゃん?また、海に行きたい」

「じゃぁ、また、SUPやる?風が強かったら無理だけど」

「再来週の土曜日はどう?」

「大丈夫、海に行こうっか」

「うん、楽しみ」

上手く行く人とはこんなにも次の予定も合うものなのかな?
それに比べてあの彼とは
スケジュールも電話のタイミングもとことん合わなくなった。
フェードアウトするように終わる人とは終わって行くものなのだろう。

あの彼以外にもう誰も好きにならないと思ったのに
ようちゃんを好きになった。
私の決意は脆い。
でも、脆いからこそ前に進める。

ありがとうございました、と教室を出て
土曜日か、何て言って出かけようか、と思った。
弓子とランチに行く、それがいちばん無難だ。
あまり何度も使えないから、ようちゃんと会うペースは月一回。
それは変えないように、無理するといずれどこかでボロが出る。

夫は私が外で何をしようとも、全く気付いていない。
いつも仕事ばかりで私の話もまともに聞いていない。
私はひたすら身の周りの世話をする家政婦のよう。

優しいキスやハグやキレイ、可愛い、できたじゃん、の褒めてくれる言葉。
ようちゃんは私が欲しかったものを与えてくれる。
神様、お願いです。
もう少し、もう少しだけ、私にようちゃんとの時間をください。
もう少しだけ・・・






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