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another story-ほんとのところ⑰

ハイボールとノンアルコールビールで乾杯する。
週明けの忙しいときに昼間からノンアルコールでも不思議な感じがする。
そもそも、月曜日に休むこと自体に慣れていないから
足元がフワフワして心許ない気分になる。

「こんなに天気が良いならSUP行けたよね」

ようちゃんはテラス席から眩しそうに空を見上げながら言う。

「本当だよね。12月なのにこんなに暖かくなるなんて予想外。
ようちゃんてさ、自由な感じがする。ちょっと羨ましいな」

ようちゃんの顔色が変わった。

「自由?そんなに羨ましいなら、自分もやってみたらって思う。
ある人に、お前は自由でいいよな、と言われたとき
じゃぁ、お前も同じことやってみたらいいじゃん、出来ないくせに
僕の一瞬の姿だけ見て判断するなよって言ったよ」

「私、そんなつもりで言った訳じゃないのに・・・」

いつも見せる優しい笑顔はどこへ行ったの?
ようちゃんの気迫に圧倒されて返す言葉が見つからない。

「ようちゃんは仕事をしていて気持ちいい瞬間てあった?」

「あったよ、3回くらいかな。どれもライブハウスなんだけど
お客さんも演奏している側もすごく良い感じの一体感に包まれて
気持ちいいって感じる瞬間はあったかな」

「ようちゃんのお仕事は人目につくけれど
私は部屋の中で仕事を頑張っても誰にも分からないし地味だなって思う。
誰かに褒められる経験がないからようちゃんが羨ましいって感じるのかな。
でも、どんな仕事だって気持ちいいって感じる瞬間はあるよね」

「でしょ?そういうこと。僕は自分が特別だなんて思ってないよ」

お待たせしました、と店員さんが
チキン南蛮と冷奴と焼きナスを運んで来た。

「ようちゃんは結婚したいと思ったことはないの?」

「あったよ。30歳くらいのとき。
正式な婚約はしていなかったけれど、お互いの両親と一緒にご飯行ったり
それに25歳から5年も付き合ったから結婚するんだなって思ってた。
まあ、ダメになっちゃったけど」

「ダメになった?」

「うん、浮気した、お互いにね」

「それはダメだね・・・」

言ってからはっとする、人のこと言えない。

ノンアルコールビールのグラスを持ち上げたとき
水滴がスカートの上にポトポトと落ちた。
バッグからハンカチを出そうとしたとき、パスケースも一緒に床に落ちた。

「このパスケース可愛いでしょ?スヌーピーなの。
2年くらい前にユニバのお土産でもらったんだ」

パスケースの内側にあるフェスのチケットが
入れっぱなしになっていることに気付いた。

「ようちゃん、これ見覚えある?」

抜き出してようちゃんの目の前でヒラヒラさせる。
約1か月前、同じ県内でも私の住む場所から電車で一時間のところで
ようちゃんが出演したジャズフェスティバルがあった。
そのときのチケットだ。

「このフェスがあるのは知っていたの。
でもね、ようちゃんに出会わなかったら、行かなかったと思う。
SUPにしてもそう、ようちゃんは新しい世界のドアを開けてくれる人。
出会えて良かったと思っているの。ありがとう」

「じゃぁ、良かったじゃん」

ようちゃんが笑ってくれた。
笑うと目がなくなる。そこが好き。
そして、ようちゃんは2杯目のハイボールに口をつけた。







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