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another story-ほんとのところ⑲

ヴィレッジヴァンガードの前に並んだ椅子に座って
スマホを見ている振りをした。

ー5時30分なら空きがあるから大丈夫ー

ようちゃんのレッスンの空き時間に
ライブに着る衣装の黒のチュールスカートを渡そうと持って来た。

直ぐにようちゃんが来た。
視界の端にようちゃんのグレーのニューバランスのスニーカーが写った。
でも、気付かない振りをしてスマホを見続けた。

「なぎちゃん」

びっくりした、という顔で視線を上げた。
いかにも、ようちゃんを待っていました、なんて思われたくない。

「お疲れ様」

紙袋からスカートを取り出して広げる。

「持ってきたよ。こんな感じ、どう?」

「可愛い。あのニットに合うと思う。ありがとう」

少しだけ話がしたい。
でも、私にそんな時間すら与えないかのように
ようちゃんは紙袋を受け取るとじゃ、と言って仕事に戻ろうとした。
引き留めたかった。ほんの少しでも・・・

でも、ここで引き留めたら自分が惨めになる。
堪えてようちゃんの後ろ姿を見送った。
そして、期待するから虚しくなるんだよと
自分に言い聞かせながら下りのエスカレーターを降りた。

この前のデートの後からようちゃんが余所余所しくなった気がする。
DMは読んでくれるけどメッセージではなく
リアクションのスタンプだけが返ってくる。
ストーリーズも見てくれなくなった。

12月はイベントやライブが目白押しで忙しいのだろうけれど
まるでようちゃんの中から私の存在が消えてしまったみたい。
あれから、次のデートの約束もできていないし・・・
こんな焦る気持ちをようちゃんは知らないだろう。
私だけが不安になっているのは、悔しくて情けなくて
スカートを渡すときわざと知らんぷりしたんだ。

私と会ってもほんの僅かな楽しい時間を過ごすだけ。
未来がある訳でもない。
ようちゃんがこの先結婚したいのなら尚更、私との時間は意味が無いもの。
だから、ようちゃんを責めることはできない。

モールの一階の自動ドアを出たら、すごく寒かった。
少しだけだからと上着を車に置いてきたのを後悔した。
走って車に乗り込んでエンジンをかけた。
この駐車場から早く出たかった。


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