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another story-ほんとのところ㉖

バッグの中のスマホからブーという通知音。
弓子からの返信だった。

ー私、昼間は暇しているから、いつでも大丈夫よー

ー今週の木曜日の午後は大丈夫?ー

ーいいよ。それまでなぎのメンタル持つ?心配だなぁー

ーうん、大丈夫ー

ーがんばれー

ー😿ー

白い小さな紙袋をテーブルに放り出してため息をひとつ付く。
中身はスヌーピーのチョコレート。
今週のレッスンの日がちょどバレンタインだ。
売り場をグルグル回りながらチョコを渡そうか考えた。
スヌーピーのチョコを見つけたとき
ようちゃんにどうしてもそのチョコを渡したいと思った。
私が渡したいから渡す、それでいいんだ・・・


レッスン中のようちゃんの態度は初めて会ったときからずっと変わらない。
変わったとすれば、始めと終わりのお喋りがなくなったこと。
ようちゃんとわちゃわちゃしているのが楽しくて
週一回のレッスンがとても待ち遠しかった。
それが無くなってしまったのなら
どの先生に習っても同じなんじゃないかと考えてしまう。

その日も、レッスン自体は楽しかった。
片付けて帰ろうとしたとき
ホワイトボードの前の椅子の上に置いてあった
ようちゃんのトートバッグに
「これ、入れとくね」とチョコレートが入った紙袋を載せた。

「そんな風に置いたら、えっ、何?ゴミってなるよ」

ちゃんと手渡ししたかった。
でも、そんなことこの状況で出来ないよ。
それでも、ようちゃんは私に何を期待するのだろう。
嬉しいと遣る瀬無い気持ちでいっぱいになり
ようちゃんに背を向けるようにそそくさと教室を後にした。

下りのエスカレーターを降りて弓子と待ち合わせのカフェに入る。
いちばん奥の席に座っている弓子を見つけて駆け寄った。
私に気付いた弓子が手を振った。

ごめん、待った?、に、ううん、今来たところ、と弓子が笑顔を見せた。

レジで紅茶を注文して受け取り席に戻る。

「今日レッスンがあって、帰る時にチョコを渡したというか置いてきたの」

「置いて来た?」

「面と向かって手渡ししたら
いかにもこの日を待っていましたって感じしない?」

「それがいんじゃない。
中学生だってちゃんと手渡しで渡しているよ。
いい大人が、それも二人して何やってんのって感じだよ」

弓子は呆れている。
中学生でもそんなことしない。
そのとき、ブーとLINEの通知音がした。
はっとしてスマホを見るとようちゃんからだった。

「ようちゃんから。チョコありがとう、だって」

「良かったじゃん!」

酸いも甘いも嚙み分けた大人の恋愛はもっと心に余裕があり
自分の軸がしっかりしていて
相手の言動に左右されないものだと想像していた。
なのに、私はようちゃんに振り回されっぱなしだ。

「好きになったもんの負けだよねって、なぎを見ていて思うんだよね。
お互いに対等じゃないと言いたいことも言えない我慢する関係でしょ。
それになぎとようちゃんは最初から先生と生徒で
そこからして対等な関係じゃない。
いっそのこと、ようちゃんとはきっぱり別れて新しい人を見つける。
それが嫌ならようちゃんを丸ごと受け入れる。
ふたつにひとつしかないからね」

「それはそうなんだけど・・・
気まずいままレッスンに通うのも嫌だし
だからといって、ようちゃんと離れるのも嫌なの。どっちにしても嫌」

「もう、決めるのはなぎ自身なんだからね」

弓子にも、加藤くんにも同じことを言われている。
恋愛で周りが見えなくなっているときは第三者の意見が正しい。
恋をしていないとき、つまり正常な時はそれが理解できるのに。
恋は狂気そのものだ。
恋をしているひとにまともな人はいない。













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