『戦艦ポチョムキン』 DVDと音楽のはなし
『戦艦ポチョムキン』1925年・ソビエト連邦
脚本・監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
出演:アレクサンドル・アントノフ、ウラジミール・バルスキー
★ドイツの作曲家によって彩られたポチョムキン
『戦艦ポチョムキン』についてはもう、語ることもないくらい語り尽くされているかもしれません。
ここでは、ちょっとDVDと音楽の情報を少し。
よく知られているように『戦艦ポチョムキン』のフィルムは数種類確認されています。
日本で発売されているDVDとBlu-rayはIVCのものが一般的ですが、こちらはソビエト連邦によって復刻されたバージョンです。
これは音楽がショスタコーヴィッチの交響曲第5番が使われています。
当時、ドイツでの公開に際して、劇伴音楽を作曲したのはドイツの作曲家、エドムント・マイゼルでした。
戦後、ドイツでの復刻の際には、マイゼルの曲が再演奏されて収録されました。
日本で発売されているDVDのもう一つがコスミック出版のものですが、パブリックドメインの500円という廉価版DVDですが、なんと、これが、なんとマイゼル版で、音楽もステレオ音源で収録されています。
一般的にマイゼル版のDVDは日本での入手が難しかったため、コスミック版が発売された時は驚いたものでした。
ショスタコーヴィッチかマイゼルか、どちらが良いかは好みが分かれるところですが、個人的には映画音楽らしいマイゼルのスコアが良いと思います。
ショスタコーヴィッチの音楽が付されたバージョンは、元ある曲を切り刻んで劇伴にしたものですが、マイゼルは映画に即して作曲されているので、ショットと音楽がシンクロしています。
交響曲として作曲された映画音楽を切り刻んでサウンドトラックにするという手法は、ソビエトではサイレント時代から定石だったのですが、ドイツでは『メトロポリス』や『ニーベルンゲン』をはじめとして、常に映画に合わせた曲が提供されていました。
マイゼルの『戦艦ポチョムキン』の音楽は、まさに、このドイツ方式によるものです。
マイゼル版はサウンドトラックCDも発売されており、2枚組で充実しています。
一枚組で発売されているものはショスタコーヴィッチの音楽がそのまま収録されています。
画像のジャケットのものがマイゼル版のサントラCDです。
コスミック出版のマイゼル版DVDはすでに絶版となっていますが、中古ではよく見かけるので、見つけたら入手されることをお勧めします。
音楽だけ聴くという楽しみもあります。
★戦艦ポチョムキン余談
『戦艦ポチョムキン』はソビエトの社会主義を宣伝するプロパガンダ映画でしたが、この映画に惚れ込んでいたナチスドイツの宣伝相のヨーゼフ・ゲッベルスは、フリッツ・ラングにドイツ版『戦艦ポチョムキン』を撮ってほしいと提案したといいます。
ナチスドイツの敵、共産主義ロシアの映画のリメイクを、これまたナチスの敵であるユダヤ人の映画監督のフリッツ・ラングに依頼するとは、ナチスでも左派だったとはいえ、ゲッベルスの訳のわからない伝説の一つです。
しかし、仮想敵国の映画とはいえ『戦艦ポチョムキン』のプロパガンダ映画力をよっぽどゲッベルスは見抜いていたのでしょう。
恐ろしくなったフリッツ・ラングは、ゲッベルスとの、この会見ののち、その日のうちにドイツを脱出、その後ハリウッドへ亡命します。
考えるに、ゲッベルスが観た『戦艦ポチョムキン』はマイゼルがスコアを提供したドイツ編集版だったことでしょう。
ドイツの作曲家、エドムント・マイゼルの音楽と、ロシアの映像作家セルゲイ・エイゼンシュテインのコラボレーションとしてのマイゼル版は、ちょっと歴史的にも意義があるんじゃないかと思います。