「週刊金曜日」2022年12月16日号にオルハン・パムク『ペストの夜(上・下)』(宮下遼訳、白水社)の書評を書きました。
新たな古典となるべき超大作(上下巻、約800ページ!)です。オルハン・パムクはこれまでもトルコ、とりわけイスタンブールを舞台に東西の文明がぶつかり合う衝撃を物語にかたどり、彼の土地に織り込まれた文化の文様のなかに生きる人間をうつしとってきました。
今作がそれまでの作品と少し異なるのは、舞台となるのがイスタンブールではなく、そこから南に位置する架空の島・ミンゲル島であるところ。この島で20世紀の幕開けと同時にパンデミックが起き、西洋の科学的な世界説明と心の拠り所となる東洋的な世界解釈が衝突する、その激音をパムクは克明に物語にしたためていきます。
トルコにとって近代とはなんだったのか。そのことを20世紀に起きた文明の衝突が濃縮された空間であるミンゲル島を描きながら、パムクは高度な思弁性を備えた筆致で問います。
思えば先日、書評したジーナ・アポストルも閻連科も、じぶんの故郷が経験した近代を問い直すことを彼女・彼らの文学的営為のなかで行っていました。
世界文学が何なのかは簡単に定義できるものではないですが、いま、世界で紡がれる文学で、特にアジアの文学のシーンのなかで近代の経験を語り直す物語を、たまたまなのかなんなのか、僕は最近立て続けに読んできました。アジアの力のある小説家がいかなる問題にぶつかってるのか。そのことを考える端緒を掴んでいるような気がします。