農林中金の巨額損失について思うこと:時価評価を行う機関投資家の宿命
農林中金の約5000億円の最終損益見通し(2025年3月期)と、約1兆2000億円の資本増強が私の周辺で話題になっている。
「ここ数年の株式上昇相場の中、株式に投資せず債券・クレジットに偏重した投資ばかり行っていたのは運用能力の欠如だ」などなど、とりあえず農林中金の運用能力について疑問を呈する声が殆どである。
損失の主な原因は、農林中金が投資を行い運用していた米国債等の債券価格が、ここ1、2年の金利高により価格が下落したことによるものである。
基本的に債券とは、満期まで保有していれば、その債券の発行体がデフォルトしない限りは、満期には元本プラス利息がきちんと戻ってくる運用商品である。だが、その満期保有に至るまでの過程で、投資家はその価値を時価評価することが求められる。
債券は金利が上昇すれば価格が下がり(時価評価額は下落)、逆に金利が下がれば価格は上がる(時価評価額は上昇)。
農林中金が今回計上した損失は、おそらく2021年頃までの低金利環境下で投資・保有していた債券の価格が、ここ最近1、2年の金利上昇に伴い下落したことで発生したものである。
繰り返しになるがこの損失とは「評価損」であって確定した損失額ではない。農林中金が今後も保有し続けていれば、満期には(発行体がデフォルトしない限り)元本も利息もきちんと返ってくるはずの投資である。
それではなぜ農林中金はここで損切りをしてしまったのか。その理由は色々とあるのだろうが、根本的には農林中金のような機関投資家は、保有する投資先の時価評価が必須であることが背景にあるように思われる。
仮にこれがもし個人投資家であれば、当然時価評価などする必要もなく、保有の途上でいくら価格が下がろうが「満期まで保有していれば結局元本も含め全て戻ってくる」との自己責任での判断の下、保有が継続できる。
ただし農林中金のような四半期・半期・年単位での時価評価を余儀なくされる機関投資家の場合、個人投資家のような判断はできない。
評価損とはいえども損失計上は農林中金の純資産を減少させ、信用力の低下を招き、また市場における資金調達コスト等も高くなる。様々な要因もふまた上で、今回の損切りおよび増資に踏み切ったのだろう。
自己責任での投資判断の下、時価評価に左右されることなく長期的な時間軸で忍耐強く投資を行うことができるのは個人投資家の強みとも言える。
一般的なイメージでは、個人投資家の方が短期的な視点で売買を繰り返し機関投資家の方が長期的な運用計画に基づくフォワードルッキングで高度な投資を行っているとイメージしがちだが、実は短期的な視点での判断をおこなっているのは、定期的な運用成績の開示を余儀なくされている機関投資家なのかも知れない。
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