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赫奕たる夏風16  十四章 勇将の子、癇性の娘    


1

 その後に起きた出来事に触れずには、夏さまへの後世の評価の本質を見誤る原因となりましょう。

 作家Mの祖母・夏は、子どもの頃から酷い癇性で、横暴で、気にくわぬことがあればすぐ喚き、乱暴に食ってかかる性格だった。

 夏さまについて、そんな風に穿った言われ様がなされ始めたのは、
「あの」出来事の後…

 それも、お身内の中からはじまったように思われるのです。

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 あれほどの怒気をおみせになったにもかかわらず、旦那様はまるで何事もなかったかのようにいつも通りお過ごしでした。投げ捨てた本の行方を問いただすこともなく、奥方様が仰られた通り、おちかがお咎めをうけることもありませんでした。

 変化と言えることといえば、岩之丞様のご生家・三好家の縁故から杉倉という老いた用人がやってきて、下男仕事と勘定一式を取り仕切ることになりました。
 濁った眼をした、酷く息の臭う、陰気で薄気味の悪い爺やでしたが、金勘定に関しては一厘とて見逃さぬ、蛇のような抜け目なさの持ち主でした。
 おちかは不機嫌で女中に当たり散らし、奥方様は、面倒な財布を預からなくてよくなったと、たいそうご機嫌でした。

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「これで、あなたは満足しましたか」

 その日もお仕事で遅くなられた旦那様は、お夕膳のお給仕をしていた夏さまへ目を向けることなく、短く仰られました。
「父上?」
 意図を図りかねた夏さまが手を止めて問い返されると、旦那様は不機嫌そうなため息をひとつ、もう一度繰り返しました。
「杉倉を呼んで、おちかに金を触らせないようにしました。あなたはこれで満足しましたか」
 実の娘に対して、あなた、と。
 赤の他人に向かって話すような、慇懃なお口ぶりでした。
 平伏して退がる夏さまの横顔からは、血の気が失せていましたが、一瞥すら与えようとはされない旦那様に、それが見えているはずもございませんでした。

2

 その夜、女中部屋に戻ると、なぜか私の夜具だけ部屋の外にほうり出されていました。部屋の灯りは消されていて、女たちのいびきやら歯ぎしりやらだけが聞こえました。
 今更布団を割り込ませてもがみがみ言われるだけだろうと思い、その日は部屋から離れた土間の上がりで寝ることにしました。すでに幾度か似たようなことがありましたし、こんな嫌がらせにはもうずいぶん慣れっこになっていました。
 それに、狭い女中部屋ではいつも誰かしらの脚やら腕やらがぶつかり合うので、少し寒いけれど、一人で寝られるのは案外気楽なのでした。

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 寝入ってから、どれほど時が経った頃か。
 下肢に奇妙な気配を感じて、眠い頭を持ち上げました。
 寝相の悪い誰かがまた布団に足を差し入れてきたかと、そのまま再び寝入ろうとして、ふと頭の芯が冷える心地を覚えました。
 昨夜は部屋に入れてもらえなくて、ひとりで上がり布団を敷いて寝たはず。

 なのに、布団の中に、誰かいる。

「     っ!」
「さわぐな、アマっこ」

 闇の中、後ろから羽交い絞めにされ口をふさがれて押さえつけられ、あっけにとられて叫ぶことも忘れ眼を見開くと、見知らぬ男が私に覆いかぶさっていました。
 乱暴な手指で夜着の下をまさぐられ、抵抗すると今度は頭を何者かに足蹴にされました。
「小娘相手になに手間取ってんだい、人が来ちまうだろ」
 頭を踏みつけ小声で命令したのはおちかでした。悪辣に笑うその手には、鈍い刃の光がありました。
「静かにおし、みんな起きちまうだろ。それとも屋敷中に見られながら手籠めにされたいのかい」

 テゴメという言葉の意味を、正確に理解などしていませんでした。股の間に男の手が伸びた時、ぐらりと闇が揺らいだのは、頭を蹴られた眩暈だったのか、初めて直面する本能の警告だったのか。

「うわっ、ゲロしやがったこのくそアマ」
 吐瀉物を払いのける男の手が離れたすきに布団を這い出し、両手両足をばたつかせて暴れて雨戸の戸板にぶつかり、そのまま戸板ごと外へ投げ出されました。
「逃すな、捕まえな!」
 後ろから男に引き倒されて殴られ、喉元を抑えこむおちかと目が合いました。
「悪く思いなさんな、本当はお前のご主人様をボロボロにしてやりたいところだが、あちらに手を出すと何かと面倒だからね。自分がでしゃばったせいで、大事な侍女がめちゃくちゃにされたと知ったら、あの姫様はどんな顔するだろうねえ?」
「夏様!夏さま!なつさ……っ!」
 口に布をかまされ両手を抑えられ、夜着をはぎ取られ肌を暴かれ、叫びにもならぬ唸り声をまき散らし、もう一度強かに殴られて気が遠くなり、絶望に身をゆだねようとした時……



 一陣の風と共に男の重みが消え、朦朧とする私の腕を強く引き上げた力がありました。

「さがっていろ、くれは」

 私を庇うように背を向け、右手に木棒を構えて夏さまが命じられました。
 男は一撃を喰らって庭土に横臥していました。
 薙ぎ払った勢いの木棒に手を打たれ、おちかの手から包丁が地面に落ち突き刺さったのを、夏さまは左手に拾い上げました。

「言ったはずだ……くれはが夏の一の臣であること、覚えておけと」

 木刀と刃物を両手に構え、夏さまは足をにじり進められました。
 その殺気に、ヒっと喉から悲鳴をあげるおちかは、まるで醜い蛙のようでした。
「くれはに手を出した……許さぬ。ここで夏に斬られよ!」
「ひいいいいいい!」
 肩口めがけて袈裟懸けに右手の木棒を撃ち降ろし、白目を剥いて後ろへ倒れ込んだおちかへ、左の返す手で刃を躊躇いなく高く振り上げた、その時でした。


「夏姫、お鎮まりを」

 刃を握る手首を強く制する腕がありました。
「賊は姫が打ち取られました。これ以上は」
「----杉倉」
 しかし夏さまは身をかわして杉倉の手を離れ、気絶したおちかへ刃先を、杉倉へ木刀を向けて怒気をあげました。
「邪魔をするな杉倉。この者は夏が成敗する」
「なりませぬ」
 いつもの昏い淀みはなく、重厚な凄みを滲ませて杉倉は夏さまに対峙していました。
 夏さまは歯を食いしめて睨み返しましたが、杉倉は一歩たりとも引くことなく、しわがれた声でつづけました。
「姫のお側女(そばめ)は無事にござります。どうか刃をお納めくだされ」
「くれはを襲ったのだぞ、くれはを……よくも!」

「お怒りごもっとも。なれど、明治の世でございます……武士は滅んだのでございます」

 巌の如き重き諫言。しかし夏さまからはヒューヒューと、只ならぬ息遣いが聞こえてきました。
「ならぬ!ならぬならぬ!退け!」
 気を猛らせ、杉倉めがけて木棒を振り上げられました。老人はわずかな身動きで一閃をかわし、夏さまの右腕を後ろ手にからめ捕り…
「御免」
 細い項に鋭い手刀一撃。
 途端に力を失った小さな体を、杉倉はしっかりと片腕に受け止めたのでした。
「ご無事か、くれは殿」
「は、はい……」
「姫を頼む」
 私の膝元へ気を落した夏さまをもたれさせ、杉倉が手早く男とおちかを後ろ手に縛りあげた時、騒ぎに気付いた旦那様とご長兄の壮吉さま、女中たちが灯りを手に集まって来たのでした。

3


 夜が白み、おちかと男は警察に連行されてゆきました。

 早朝から大勢の警官が検分に来、屋敷の全員が聴取を受けました。
 わたくしは、起きたことすべて……何をどうされたのか、強面の警官たちに微細尋ねられ、大層戸惑いました。
 杉倉の喝入れで気を取り戻された夏様は私の手を繋いで付き添ってくださり、その後も落ち着いてご自分の聴取に応じておられました。
 物音で目が醒め様子を見に行くと、台所の勝手口が少し開いていた。不審に思い引き戸のつかえ棒を手にしたとき、渡り廊下の向こうの庭で、くれはの叫びを聞いた……。

「賊は何人?」
「二人。一人は当家の女中のおちか、もう一人は見知らぬ男だった」
「それをあんた一人で倒したと。その木棒で?」
「それしか得物がなかったので」
「おちかとかいう女中が言うには、お前さんに刃物で殺されそうになったというがね」
「包丁はおちかが台所から持ち出したもの。それでくれはを脅していた。小手で刃物を叩き落とし、首元に一撃加えた。刀創がないのだからわかるはずだ」
「では刃物は使っていないと」
「殺してやりたかったのは本当だが」
 胡乱な目つきの若い警官相手に、夏さまは淡々とお答えになっておられました。

 女中たちは戸板が倒れた音で起き出したが、前もっておちかのたくらみに気づいていた者はいなかった。
 旦那様と壮吉さまは夏さまの怒声で目が醒め、弟方は騒ぎも知らずぐっすり眠ったまま。朝起きたら、家にお巡りさんが大勢いてビックリ仰天、大喜びされていました。

 現場に一番近い離れの奥方様は、異変に気づくと赤子を抱いて裏から母屋へ移動しておられたそうです。
「危うい気配を察したら身を隠せと幼き時分から言われておりましたの。こんな時、わたくしは何もできませんもの」
「外の様子から、ご息女に危険が及ぶとはお考えにはならなかったのですか?」
「夏の怒声が一番おそろしゅうございました。まるで介錯する剣士のような鬼気でしたのよ」

 警官の質問にお答えするのも、いつものご調子でした。

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「大したお嬢さんですな」

 聴取を見やりながら、髭を蓄えた警察署長さんが旦那様に語りかけました。
「女子齢十歳、賊2人を相手に木刀で圧倒するとは。しかもあの落ち着き様は、まさに女傑の器ですな、判事殿」
「面目ない。今回は事なきを得たが、女だてらになさけないことだ」
「何を仰いますやら。ご一家の危機をおひとりで守られたのですぞ、大いに誇られてしかるべきでしょう。流石は秀才永井玄蕃頭様のお血筋の姫君」
「父と血は繋がっておらぬ」
「おや、左様でしたか」
「……。 署長殿、取り調べが済んだら調書を拝見させてはもらえまいか」
「裁判所が捜査に介入されますかな?」
「そうではない。件の女中について少々、妻(さい)の実家への配慮をお願いしたいだけだ。……私事として」
 なるほどなるほどとお髭を撫で、片眉上げて署長さんは岩之氶様をご覧になられました。
「そういう話でしたらば、ご安心ください判事殿」
 黙礼して仕事に戻る署長さんを、旦那さまは無表情で見送られました。 


 その後の警察の調べによれば、おちかは奉公先で金品を盗んでは転々とする手口で稼ぐ悪党で、余罪多々。夏さまが指摘した通り、永井家でも金をくすねては賭博や遊興につぎ込んでいた。男はおちかの賭博仲間のやくざ者で、そろそろ永井家も潮時と踏んだおちかから、引き上げるついでに目障りな長女の側付きを犯してやるのに一枚噛むよう、誘われたのだとか。いずれも収監は免れ得ぬだろうと、警察署長の話が漏れ聞こえました。


4


「全くひどい騒ぎだった。大事な試験が近いのだぞ、私は」

 長い1日が終わり、やっと警察が引き上げていきました。
 旦那様は署まで一緒に出向かれ、お子様方皆が集まった広間で慌ただしいお夕食となりました。

 上座の手前で、ご長兄の荘吉様は苦々しげにため息をつかれました。
「そもそもおちかは最初から品が悪くて気に入らなかったのだ、やはり悪党だったとは忌々しい。それに夏」
 急に向けられた矛先に、弟様のお世話をしていた夏さまは手を止められました。
「手柄とはいえ、お前はいつも女のくせにしゃしゃり出すぎる。聞けばその侍女が襲われたのも、お前が先におちかを挑発したからだというではないか」
「わたくしは……」
「お前は気に入らないことがあるとすぐに勘気を出して、良くない。その話し方もだ、もう少し淑やかに女らしくしろ。弟たちも女中たちも皆お夏を怖がっているぞ。お夏は向島で甘やかされたから気性が荒くて手に負えぬと、父上も嘆いておられた。先だっても厳しくお叱りを受けたばかりだろう。よしんば次に同じような事があれば、自分でなんとかしようなどとせず、父か兄を呼ぶのだ」
「助けを求めていたら、くれはを救えませんでした」
「運良く杉倉が来たから無事に済んだだけだ。驕るな」
 つとめて冷静に反論される夏様を、荘吉様はにべもなく吐き捨てました。
「大体、お前のあの叫び声はなんだ。気合いどころか、自分の持ち物に手を出されて怒り狂う犬ではないか。全く見苦しい、癇性もいいかげんにしろ」

「おそれながら、癇性ではありませぬ。
 姫は、大事なものを守りたいお心がお強きだけにござります」

 障子の影から、杉倉がしわがれた声をさし挟みました。

「姉妹のように育ったお側女(そばめ)の危機をおん手みずからお救いなされたのです。臣を守らんとするその心意気やよし。上に立つものとしてご立派なご成果であられまする。此度、爺は何ひとつ手出ししておりませぬ」

「……。勉学の邪魔だと言っているのだ、私は!」
 乱暴に板敷を踏みつけ、荘吉様は自室へ戻られていきました。


「姉様、兄様に叱られたの?」
「カンショーって何?」
「姉様カンショーなの?」
「カンショーじゃないよ、悪者を斬ったんだよ」
「こわい姉様」
 大きな兄上の勘気立ったご様子を不安がってか、小さい弟方が姉上に向けるのは、あどけなき言葉の礫でした。年長の亨様が、お前たち下がっていろと、分別されたように弟方をさとされました。

+++++++++++++++++++++

「兄上様は大事な試験前で気がたっておられるのでございましょう。全ては奸賊の仕業、ご家中災難でござった」

 女中たちと一緒に食事の膳を片つけながら、杉倉は夏さまに言いました。

「姫も侍女殿も、大変お疲れにございましょう。後片付けは任されて、今宵はもうお休みくだされ。明日の朝、この爺が向島までお送りいたします」
「父上に、退がりのお許しをいただいていないが」
「杉倉の独断にございます。斯様な大事の後なれば、まずはお心安んじられる場所に戻られ、英気を養われるのが肝要かと」
「……だが」
「上野屋敷のことはご案じめさるな」
 膳を持ち上げて、杉倉はひょいと振り返りました。
「このおいぼれ、もはや戦の役にはたちませぬが、金勘定と皿洗いは得意でござります。姫は、玄蕃頭のもとで引き続きご精進励まれませい」
 しわがれ声はこの上なく優しく、頼もしゅうございました。
 杉倉へ抱いていた自らの不明を、わたくしはその時ひどく恥じ入ったのでした。
「かつて京都動乱の折、維新志士の凶刃から臣下を守らんと刀を振るわれた永井公のご勇姿を、爺はこの目で見知っております。今宵、ご孫子なる姫のご威容、公の再来と見まごうほどに、まことご立派でございました」

「……。嬉しく思う。ありがとう杉倉」

 台所の手前で目礼した老爺に、夏様は限りなく穏やかな、美しい感謝のお声をかけられたのでした。


5



 後年思い返せば、上野桜木町の永井屋敷にとって、あの出来事の前後数年は経済的にも家庭内においても困難の多い時期……どの家庭にもありがちな、諸事落ち着きのない頃合いだったのかとも思われます。

 お父上・永井岩之丞は、判事としてたいへん有能ではありましたが、戊辰戦争主犯格の子にして本人も朝軍に弓引いた旧幕府方の出身。薩長出身者が牛耳る中央政府での数々の理不尽に甘んじながら激務に忙殺される日々は、心身のご負担重く、家庭を顧みる余裕などなかったことでしょう。

 加えて明治初期当時、控訴院判事職はその名誉重責にもかかわらず、驚くほどの薄給でした。若君方の教育費にお力を入れる一方で次々お子様がお生まれになり、前後して家内を全部任せていた成生がいなくなった。姫君育ちの高様には、子供たちの世話に始まり家事全般、慢性的な貧乏家計のやりくりは荷が勝ちすぎました。
 偉大な義父・永井玄蕃頭は私財の殆どを失って隠居の身なれば、長女を預かってもらう以外に経済的に頼りにはできず、岩之氶様のご実家・三好家と妻の実家・松平家に頭を下げて借金を重ねる日々。この頃、旦那様が女中を減らし、給金が安いかわりに質の悪い女中に切り替えたのも、やむを得ぬ算段だったのでした。

 ご長兄の荘吉様は、お父様に似て大変真面目な努力家、人品優秀な若君であられました。ちょうどこの時期、大事な帝大予備門受験を控えておられ、立身出世と貧乏からの脱却をかけて家族の期待を一身に背負い、いつになくイライラと神経を尖らせておられた頃でした。

 夏様がご懸念されていたとおり、お家の中全体が落ち着きを失っていた。
 ちょうどそんな頃合いに起きたのが、おちかの事件でした。

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 八方塞がりで精神的に追い詰められた旦那様が、おちかの奸略に溺れたことも、あるいは致し方なき事だったでしょうか。

 夫について、あんなに醒めた物言いをしておられた奥方様でしたが、「そのこと」を咎め立てすることはなく、むしろ後年、お二人はたいへん仲睦まじきご夫婦として大勢のお子様お孫様に囲まれ、穏やかな晩年をお過ごしになられたのも事実でございます。

 杉倉が来てくれたのも、高様には大きな転機になりました。

「窮せりとも名家の奥方、できぬ存ぜぬは通用いたしませぬ。この杉倉がお助けいたします」
と、奥の仕切り事を厳しくお教えした結果、少しずつではありますが、高様なりに奥様らしい差配を取れるようになってきたのでした。
 育ての親の成生相手には甘えがあったのか、元が素直なご性質のためか、杉爺に厳しく言われると「あらそう」とするする呑み込んで行かれ、永井家の奥は次第に落ち着きを取り戻していったのでした。

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 この出来事のあと、夏様が上野へ足を運ぶ事はめっきりと少なくなりました。
 杉倉が家令として大変よく働いてくれることで、気掛かりが次第に晴れていったこともありましょう。

 ですがご家族の間で、不在の長女に対する認識はいつしか、どこか濁った、ねじくれた、何かおかしなものへと変わってゆきました。

 長女・夏は、頭も顔も良い娘だがひどい癇性だった。
 大人のすることに口出しし、気に入らないことがあれば親や女中に食ってかかり、声をあげ暴力をふるうこともあった。
 その気性の荒さには親も手を焼いており、弟たちは姉の勘気を恐れてびくびくしていた…。

 ご家族のどなたがそれを言い始めたのか。
 父上か、兄上か、弟方か……
 異を唱える方は、母上様はじめだれもおられなかったのか。

 それももう、どうでも良い事でございます。

 いくつかの懸念事項の積み重ねが、本来和やかな大家族であるはずのご家族の心持ちを、荒んだささくれたものにしていた頃のこと。

 そのささくれが、夏様とご家族の間にざらついた傷をつけてしまった。

 ざらつきはやがて、落ちないシミのように、ご家族の間で長女の人となりへのまなざしとして、定着していったのでした。

++++++++++++++++++++++++++

 作家Mの祖母・なつは、
 子どもの頃から癇性で、
 気に入らないことがあれば乱暴に食ってかかり、
 その気性の荒さには皆が手をこまねいていた……

 最初にそのような言われ様がなされ始めたのは、この出来事の後からでありました。



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