【25歳までに読むべき本】PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
これは、実績のないPIXARがディズニーと結んだ圧倒的に不利な契約から、いかにして対等な契約を再締結したのか、その過程について当時のピクサー・アニメーション・スタジオの最高財務責任者が詳細を語ったものである。
対等な契約として目指した状態がこちら。
・取り分を4倍に増やす
・制作費用として7500万ドル以上を調達する
・制作本数を大幅に増やす
・ピクサーを世界的ブランドにする
この本の面白さは、PIXARという「最高のアニメーション会社」として知られているが、語られていなかったビジネス面、しかもディズニーとの契約内容というセンシティブな題材に担保されているのは間違いないが、それに拍車をかけているのは下記3点だと思う。
・具体性
・一般的な考えとのギャップ
・決断を下すまでの心情の葛藤と論理的な思考
それぞれ象徴的な記述を記載する。
<具体性>
草案作成の早い段階で取りあげた項目を例に説明しよう。トリートメントと呼ばれる企画書に関する項目だ。新契約で映画を作成するにあたり、ピクサーからディズニーに企画書という形で映画のアイデアを何本か提出する。ここまではいい。では、なにをもって企画書と言うのだろうか。インデックスカードに1行、「父親が息子捜しの旅に出る。なお、親子とも魚である」でもいいのか。これはさすがに無理があるだろう。だから、契約書では細かく指定することになる。つまり、3ページ以内の文書で、そこから脚本を書き起こせるレベルのもの、という具合だ。ところが、ピクサーは、スケッチや短い絵コンテを使うプレゼンで企画を提出することが多い。どうすればいいのか。そのやり方も契約書に記載しておくのだ。ディズニーとしては新作の企画が欲しいのであって、続編や前日譚では困る。これも契約書に明記しておく必要がある。
最後に、ブランドの問題。これも、前例のないことまちがいなしの条項だ。映画についてはピクサーもディズニーと同等のブランドである、また、ディズニーのロゴと「同等に見える」ようにピクサーのロゴを用いると規定されている。ロゴのスタイルが異なっていたり、片方が大文字で片方が小文字だったりしても、同じサイズに見えるようにしなければならない。これはまた、今後、WaltDisneyPicturespresents~という形ではなく、「ディズニー・ピクサー」という形でピクサー映画をマーケティングするということでもある。要するに、我々の映画に関連するものについては、ピクサーとディズニーがブランドを等しく分けあう形になるわけだ。自分たちが制作したというのに、ディズニーより下に見られることは今後なくなる。
<一般的な考えとのギャップ>
交渉では、落としどころを用意したうえでこれは難しいだろうと思う条件を打ち出すのが普通だ。このやり方ではあらかじめ落としどころを考えなければならず、そのせいで弱腰になりがちという欠点がある。自分自身を相手に交渉する感じになってしまうと言ってもいい。できればこのくらいという条件を要求してはいるが、心の中では、落としどころでもいいやと思ってしまっているわけだ。スティーブも私も、そういうやり方は嫌いだった。落としどころなど用意しない。スティーブの場合、要求をいったん決めたらそれが絶対になる。望むものが得られないなら、代わりになるものなどない、よって、交渉は打ち切る──そのくらいの覚悟で交渉に臨むのだ。だからスティーブはすさまじいばかりの交渉力を発揮する。自分の条件にしがみつき、譲歩しない。ただし、やりすぎてすべてご破算になるおそれもある。落としどころを用意しないのであれば、なにを要求するのか、慎重に考える必要がある。
<心情の葛藤>
クリエイティブな側面の決断をだれが下すのか、だ。ピクサーに来るまで、ここが大事だと私は知らなかった。だが、いまは、その怖さがよくわかる。映画というのは、本当にさまざまな形でおかしくなってしまうものなのだ。
(中略)
ディズニーにはクリエイティブな決断を下す仕組みがしっかりと用意されている。承認は、ジェフリー・カッツェンバーグやピーター・シュナイダー、トム・シューマッハといった幹部の仕事である。監督は、彼ら幹部に従う存在であり、幹部の承認なしではなにも進められないに等しい。
(中略)
そして、ハリウッドがリスクを極端に嫌うと知って驚いた。いけいけどんどんのシリコンバレー流を映画製作に応用するのもおもしろいのではないか──そう思ってしまったのだ。もうひとつ、ジョンが「私に賭けてくれ」と言わず、「我々のチームに賭けてくれ、我々のやり方に賭けてくれ」と言っていたのも大事な点だ。ピクサーのやり方を支えているのは、忌憚のない意見の応酬であり、自尊心を棚上げしてその意見に耳を傾ける強い意志である。そのあたりを考えると、私のなかにあるスタートアップ魂がチームに賭けろとささやいてくる。それがシリコンバレー流の映画製作だろう。リスクヘッジなんぞくそ食らえ。イノベーションに賭ける。すごいものに賭ける。そして、世界を変えるのだ。
この本には会社としてあるべき姿を目指すための「契約」の重要性を示すと同時に、
・競合との差別化
・人事戦略(従業員への心配り)
・仕事に対するスタンス(「落としどころ」ではなく「絶対的な意志」)
に関しても重要な示唆に富んでおり、多角的な視点から経営に関する上質なストーリー。今後、何度も読み返すであろう名著だ。
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