【俳句を読む】第28回炎環賞受賞作&『俳句四季』2024年10月号・精鋭16句「水切りネット」
毎年、秋に発表される結社賞「炎環賞」。
20句の未発表連作を対象とした俳句結社「炎環」のコンクールで、今年は二作が同時受賞となった(筆者は本賞のスタート以前より炎環に在籍しているが)二作受賞は珍しいのではないかと思う(いや、もしかして初めて?)。
お二方、おめでとうございます!
受賞者のお一人は同人作家・北悠休さん。
作品「ノクターン第二十番」は、御母堂を見送られるまでの日々を抑えた表現で丁寧に詠んだ連作。読み進める程に言葉がしんしんと沁みてくる。
以下に感銘句を引く。
叱られし桃小屋の夜へ味噌握
青時雨母に添寝のノクターン
筒鳥や出棺告ぐるクラクション
一句目は幼い頃の思い出だろうか。桃小屋で食べた味噌握はしょっぱさの中にほのかな甘みが感じられるようで、それはそのまま母の息子への愛情を示唆しているかのようだ。
二句目。「青時雨」とは青葉から滴り落ちる雫を時雨に見立てた夏の季語。
光に溢れた美しい光景の中、ショパンのノクターン第二十番が静かに流れている。ドラマ「相棒」で御馴染みのピアノ曲。母に添い寝しながら話しかける声は静かで悲しい。
三句目。筒鳥はかっこう科の鳥で夏の季語。「きごさい歳時記」によれば声はくぐもって聞き取りにくく、幽遠な感じがするそうだ。その鳴き声を遮るかのように出棺のクラクションが天に響く。鳥と人間。異なる種、しかし同じ命が瞬時交錯し世界は続いていく。大事な人がこの世を去った後も。
声と音の後の空白が読者の心にも広がっていく。
☆
もう一人の受賞者は同人作家・このはる紗耶さん。
「カルフル」というグループでも活躍されている。
作品「ブースターケーブル」は、新しい学びをスタートしつつ家族との生活の日々を個性的かつ観察の効いた言葉と表現で17音として織り上げている。
以下に感銘句を引く。
ブースターケーブル春の流れこむ
経血を忘れし身体青き踏む
言ひ返しけり青梅の産毛ほど
一句目。俳句にブースターケーブルが出てくるとは!
紗耶さんとは一緒に勉強する機会があるのだが、新しい言葉や表現にトライされることが多く、そのたびにこちらも発見と刺激を受けている。
本作もバッテリーが上がった時に車同士を繋ぐブースターケーブルが「春と自分を繋ぐ」という新しい視点、そのことから春の生命力と息吹より作者本人もエナジーを得て新しい道を歩き出さんとしている姿が清々しく、かつ個性的に描かれている。まさに作者の現在の自画像。その意味でも表題作として相応しい一句ではないか。
二句目。女性にとってはいつか迎える現象をサラリと詠んでいる。
この作品を読んで、「そうか。ある意味、終点と同時に始点でもある現象なんだ」と初めて腑に落ちた。それは、「青き踏む」という能動的な春の季語を用いているからだろう。実際にはそこからまた身体も心もいろいろと惑うのですが^_^;、「第二の思春期」という言葉もある。この句はさりげなく背を押してくれるような優しさと力をもっている。
三句目。「青梅の産毛ほど」を「見立て」と取ると青梅という夏の季語の季感は薄まるかもしれない。でも、この句は「産毛」まで言っており、その生々しさがリアルに感じられることから、筆者はこの青梅は季語としての効力を発していると考える。
また、「青梅の産毛」の独特なモヤモヤした触感。何とも言えないあの感触の言葉で言い返してもちょっと後悔が残っていそうな感じがする(不満や本音を口にしてしまったことに対して)。声もちょっと小さめかもしれない。でも、そんなエピソードを繰り返しながら今日を明日を生きていく、誰かと共に。それが生活で生きること。そんな作者の背筋が表現をしっかり支えている。
★
ちなみに、このはる紗耶さんは『俳句四季』2024年10月号・精鋭16句で連作「水切りネット」を発表されています。
ずっとこの連作について書きたかったのですが機会を逸してしまい、今回の炎環賞受賞を機に書かせていただきます。
以下に感銘句。
泳ぐ泳ぐ地球に消化されぬやう
初嵐ひとくち出涸らしをふふむ
秋高し当日券を求めけり
一句目。雄大かつのびのびとした詠みぶり。そして「消化」という言葉の使い方に紗耶さんらしい個性が発揮された俳句と思う。
このペースで泳いでいると、まるで地球一周も軽くできてしまいそう。
「私は私」という個が凛と立つ気持ちよい佳句。
二句目。日常詠だが、取り合わせの距離と組み合わせ方が絶妙。
外の風音の強さ。今年の秋の初めての嵐のドラマ性。
一方、室内で出涸らしのお茶を飲んでいる静けさ、ほのかな孤独・不安感。取り合わせの句にはしばしば説明のできない佳さがあり、それが取り合わせの魅力と筆者は思うのだが、その証明のような作品。
日常が別の時間と空間に変わってしまいそうな予感を孕んでいる。
三句目。体験を基にした写生句かもしれない。季語の気持ちよさ。秋の広がりと晴れ渡った空を感じさせる。何の当日券かわからないが、つい寄ってみたくなる催しでもあったのかもしれない。「こんなに気持ちの良い一日だから、今日は見てみよう」というような予定にない行動に出る時のウキウキ感が17音全体に弾み響いている。
☆
最後に再び炎環賞。
炎環HPでは炎環賞をはじめとした四つの賞(炎環四賞)を2014年度分から紹介しています。
https://www.enkan.jp/haiku/award/
特に炎環賞受賞作は全句掲載されており、今回の受賞作2作についても今後掲載されると思います。是非ご一読ください。
また個人的な話で恐縮ですが、私が炎環賞を受賞したのはちょうど10年前。
節目の年の二作受賞はとりわけ感慨深いです。
そして炎環賞、会員・同人を問わずぜひ挑戦してほしいなと思います。
20句の未発表作を纏めるのは普段の投句とは異なる視点や力が必要になります。
そして、(受賞するか否かはともかく)その過程や経験から得られるものはたくさんあります。
経験からお勧めします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。