
内田裕也vs大瀧詠一/後日譚
(敬称略)
内田裕也と大瀧詠一といえば
かの有名な
「日本語ロック論争」ということに
なるのでしょう。
「新宿プレイマップ」1970年10月号
「ニューロック座談会」
(出席者:内田裕也、鈴木ひろみつ、ミッキー・カーチス、
大滝詠一、中山久民 司会:相倉久人)
「ニューミュージック・マガジン」1971年5月号
「日本のロック情況はどこまで来たか」
(福田一郎、中村とうよう、ミッキー・カーチス、内田裕也、
折田育造、小倉エージ、大滝詠一、松本隆)。
いろいろなところに
その要旨が載っていますので
内容は広く知られているでしょう。
わたしは某60年代回顧本に
丸ごと転載されたヤツを
読みました。
やはり全文を読んだほうが
細かいニュアンスが
伝わってくると思います。
その内容については
今さら
現在の日本の音楽市場と
重ねて
どうのこうの言うことに
意味があるとは思えません。
それは例えば
日本におけるキリスト教の現状を
天草四郎の乱と無理やり結び付けて
語る(評価する、分析する)ような
無意味かつ不毛な行為ではないかと。
「日本語云々」は
キャロル、サザンが破壊して
しまいましたし
「海外進出」は
ネット環境(マテリアル衰退、サブスク等)により
「どうでもいいこと」になりました。
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ヤングギター
1972年7月号に
内田裕也と大瀧詠一の
「サシ」の対談が載っています。

内容を
一応紹介すると。
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エルビス・プレスリーに関する話題で
意気投合して始まる。
「ユー(大瀧詠一のこと)がプレスリーの
レコードを全部持ってるとはビックリ。」
みたいな発言。
大瀧詠一がフィル・スペクターの
サウンドを追求したいと語り
ジャック・ニッチェ、
ジョージ・ハリスン、
レオン・ラッセルについて言及する。
内田裕也はレオン・ラッセルの才能について
大瀧詠一に同意する。
内田裕也は
吉田拓郎や岡林信康を引き合いに
日本語のロックについて蒸し返しそうになるが
大瀧詠一ははぐらかす。
内田裕也は
フラワー・トラベリン・バンドの
「SARORI」を例にとり
「ユーも一回(海外に)行ってくれば
考えも変わる。」と発言。
内田裕也が
「ロックとフォークの違いは
ドラッグを使っているかどうかだ、
日本でも大麻くらいは容認すべき。」と発言。
大瀧詠一はアルコールを例にとり
やんわりと否定的な意見を述べる。
内田裕也の
「売れて金持ちになった吉田拓郎」を
揶揄する発言でクローズ。
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わざわざ「対談」させるからには
ヤングギター側から
何らかのテーマの提示が
あったのではないかと思うのですが。
これでは
「論争」どころか
ただの「茶飲み話」です。
内田裕也の
「日本のロックを世界に」みたいな考えは
すでに周知のことなので
あらためて議論の俎上に
あげるほどのことはなく
大瀧詠一は受け流していますし。
ヤングギターの元編集長
山本隆士が
はっぴいえんどの3枚目の
海外(LA)録音に大きく関わっていますから
大瀧詠一も無下に断れなかったんじゃ
ないでしょうか。
※ネット「Musicman」
山本隆士のインタビュー記事
非常に面白いです。
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