SR400が無趣味だった私の人生にエンジンをかけたお話
私には、これといった趣味がなかった。
就職活動のときはもちろん、初めてお会いする人との無難な会話であっても、「趣味はなんですか?」と聞かれることが苦痛に感じるくらいに無趣味だった。
社会人になってからは、家と会社の往復ばかりだった。
ストレスの発散方法は、立ち飲み屋でちょっと一杯ひっかけてから帰り、ゆっくりお風呂に入ってさっさと寝ること。
週末は平日にサボった家事を片付けて、残りの時間はベッドでゴロゴロするのが幸せだった。
それでいい、十分幸せな暮らしをしていると思っていた。
だが、ある日、同級生の訃報が舞い込んだ。
悲しみやショックとともに、「若いからって、必ず明日も元気でいられる保証なんてどこにもないんだ」ということを実感した。
同級生との突然の別れから数日後、私は本屋さんで「エンディングノート」を購入した。
もし自分が亡くなったときに連絡してほしい人や、預貯金等の財産状況なんかをメモしておくノートだ。
「一人暮らしだし、万が一に備えて書いておこう」くらいの気持ちでページを開いた。
エンディングノートにはいろんな項目があって、その中には「あなたの人生の思い出」とか「大切な人へのメッセージ」とか、自分自身を振り返るようなものも多くあった。
順調にページを埋めていったが、「あなたの趣味」という欄でペンが止まった。
こんなところでも趣味を聞かれるのか…と少しうんざりした気分になりながらその項目を飛ばすと、次に出てきたのは「残りの人生でやっておきたいこと」だった。
残りの人生でやっておきたいこと、か。
平均寿命からするとまだ50年以上生きられるのだから、残りの人生というよりはこれからの人生でやりたいことを書けばいいかな、とペンを走らせた。
・ドイツのクリスマスマーケットに行く。
・回らないお寿司屋さんでウニと中トロを食べる。
・47都道府県全てに旅行に行く。
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やりたいことは次々とリストアップされていった。
10個くらい書いたところで、「せっかくだからこの中に趣味にできそうなものはないかな」と思い立ち、リストを見直した。
ーあった。とっておきのやつ。
それは、「バイクの免許をとってSR400に乗ること」だった。
少し前に偶然インスタグラムで見かけたあのバイク。
クラシックな見た目がかわいいSR400と、その横でピースするバイク女子(バイク乗りの女性)を見たとき、直感的に「いつかこれに乗ろう」と思ったのだ。
きっと今がその「いつか」だ。
その日のうちにスマホで自動車学校の入校予約を済ませた。
こうして、なんとなく日常を過ごしていた私の手にエンジンキーが握られた。
原付に乗ったことはなかったが、車の免許あるし、自転車なら乗れるし、バイクの免許なんてすぐに取れると思っていた。
…しかし現実は甘くなかった。
想像以上に重たい車体の取り回しと、生まれて初めて操作するクラッチレバーの微妙な力加減に四苦八苦。
一緒に入校したメンバーが次々と見極めをパスしていくのを尻目に、私は文字通りバイクに振り回されていた。
やっとコースを一巡できるようになったが、どのタイミングでシフトチェンジしたらいいのかも分からなかった。
外周を2速でトロトロ走っていると、教官に「ずっと徐行してるね〜。エンジンの音ちゃんと聞いて、シフトチェンジしてみようか。」と言われた。
とにかくバイクを倒さないようにおっかなびっくり乗っていたため、エンジンの音なんて全く気にしていなかった。
「エンジンの音がウウ〜ンってなってきたらシフトチェンジだよ。あの直線のところで時速40kmだしてみようか。」というアドバイスをもらって、もう一度外周に出た。
1速、2速…あ、本当だ、エンジンの音が苦しそうになっている…今だ!
3速に入れて初めて時速40kmに達したとき、今までにない疾走感を感じた。
それと同時に、「バイクって楽しい…!これは一生の趣味になるに違いない。」と思った。
私の単調な人生にエンジンの火が灯った瞬間だった。
無事に普通自動二輪免許を取得し、念願だったSR400を納車した。
「キックスタート」という新たな課題もなんとかクリアして、「バイクのある暮らし」が始まった。
私が選んだバイクはボタンを押したり鍵を回したりしてエンジンをかける機能が付いておらず、「キックレバー」という足元のペダルを踏み下ろすことでエンジンをかけるキックスタート式のバイクだ。
まず、左手でデコンプレバーを握り、右足でキックレバーをカチカチと踏んで「圧縮上死点」というものに合わせる。
圧縮上死点に合うとキックレバーが少し硬くなるので、エンジンキーをオンに入れる。
ウィーンっという音がして、メーターに光が灯る瞬間が結構好きだ。
あとは上手に体重を乗せてキックレバーを踏みおろすのみ。
かかった瞬間のエンジンの唸りと、その後のトコトコトコ…というリズミカルなリズム音が心地よい。
キックスタートは、自分の気分が上がっているときは一発で始動できるし、疲れていたり、気分が落ち込んでいたりすると、なかなかエンジンがかからない。
だから、エンジンをかけるときはいつも自分がバイクの一部なんじゃないかと錯覚する。
SRに乗る人の多くがキックスタートを「儀式」と呼ぶのも納得だ。
出発の儀式を終えて走り出すと、エンジンの振動がブルブルと伝わってくる。
温度や風や匂いを全身で受け止めながらトコトコと走っていると、仕事のストレスや日々のちょっとしたモヤモヤも吹き飛んでしまう。
また、道中や目的地で良いロケーションを見つけるとバイクを停めて写真を撮ったり、バイクでのカフェ巡りを楽しんだりするようにもなった。
無趣味だった私は、ふとしたきっかけでバイクという「一生楽しめる趣味」を得ることができた。
これから先の長い人生も、相棒のSRと共にトコトコと進んでいきたい。
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