戦略人事:揺らぐ安定化戦略(人材の流動化の功罪)
戦略人事:揺らぐ安定化戦略(人材の流動化の功罪)
■因果応報
コロナが5類に移行したのに伴い人の移動が活発になり、これに伴い宿泊業や飲食業での人手不足が表面化した。これは、この業種に限った話ではなく建設業や運送業などヒトがいなければ話にならない産業全般に云える。
給与面で対応しようにも横並びにならざるをえず、優位性が作れず中には倒産という企業もあると聞く。
○2023年1‐7月の「人手不足」関連倒産は83件 「人件費高騰」と「求人難」が大幅に増加
2023/08/17
~ 2023年1-7月「人手不足」関連倒産の状況 ~
コロナ禍が落ち着き、経済活動が動き出すと同時に、企業の人手不足が深刻さを増している。人手不足に起因する企業倒産は、2023年1-7月累計で83件(前年同期比159.3%増)発生と大幅に増加している。これは前年同期(32件)の2.5倍の増加で、すでに2022年の1年間(62件)を上回った。
このペースは、年間最多の2019年の156件を更新する勢いだ。特に、前年は発生がなかった「人件費高騰」が29件発生し、収益力の低い中小企業には売上回復と賃上げが大きな負担となっている。
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1197907_1527.html
しかし、私に言わせれば自業自得である。
コロナで仕事がなくなったときに、働くヒトを解雇したのは彼らである。それは単なる切り捨てであり「自宅待機」や「配置換え」ではない。
切り捨てられた彼らの選択肢は限られている。
①別の職業に就く
②別の土地(例えば故郷、あるいは大都市)に映る
したがって、景気が多少良くなったからと言って元の会社に戻ることはない。
募集しても、そもそも開いている労働者はいない。
賃金アップは決定打にはならない。
○時給1000円時代が目の前に…街では「1500円でもいいくらい」 事業者は「その額でも人が集まらない」 静岡
2023-08-17
戸隠そば 津村直人社長:「最低賃金が上がることによって、実際に(パート)募集する賃金も上げざるを得ないとは思っている。元々最低賃金944円(現在の静岡最低賃金)でも、実際その金額だと、慢性的な人手不足というのもあって、なかなか応募がとれない。そんな中で、実際には最低賃金以上の金額で募集をしていたので、今回、最低賃金が更新されれば、やはりそれ以上の金額で募集をかけていかないと、人が集まらないと思っている」
今は、全体的な募集数に対し、働き手の数が少なく、最低賃金が984円に引き上げられたとしても、実際にはその金額では人が集まらない状況。
https://look.satv.co.jp/_ct/17648804
■最低賃金のもたらすもの
個人商店でも無い限り、いわゆる長期の継続的に働いてくれることを前提とした「正社員」と、雇用のの調整弁として都合の良い「非正規社員・契約社員」、一時的な「パート・アルバイト」で組織が構成されることが常態化している。
人事部門は、これらの人々の報酬バランスが一定程度に納めることをしなければ、人材の引き留めができなくなり、人材の流失のリスクを抱えることになる。
目下の悩みの種は最低賃金になることは間違いない。
もともと、報酬が十分でないことは何年も前から分かっていたことのはずなのだが、それにてをうってこなかったのは企業自身なので同情する気もない。
流れは止められないだろう。
○最低賃金引き上げ、11.2%の企業が「打つ手なし」 特に厳しい業種は?
東京商工リサーチ調べ
2023年08月23日
厚生労働省の中央最低賃金審議会は7月28日、2023年度の地域別最低賃金額改定の目安についての答申を取りまとめた。目安額は前年度から41円上昇、全国加重平均で1002円となり、賃上げの動きが加速している。東京商工リサーチが調査したところ、最低賃金の上昇に何らかの対策を取ると回答した企業は61.0%だった一方、11.2%は「できる対策はない」と回答した。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2308/23/news054.html
しかし、これを放置することができない企業もある。すなわち、新卒に対する初任給が最低賃金を下回ることは当然違法であるが、その格差が小さくなることも採用に支障を来す。昨年初任給を上げざるを得なかった企業も、こうしたこととは無縁ではない。
○賃上げ率が高くても、全員の給料が上がるわけではない
「サントリー6%、日本生命、ロート製薬7%アップ」賃上げムードの中"社員間賃金格差"で泣く人笑う人
2023.01.10
製造業の高卒初任給は東京都の最低賃金を下回る
そもそも日本の最低賃金制度は1959年、当時多かった中卒初任給の最低額を決定する業者間協定方式の法制化に由来する。つまり最賃の出発点は中卒初任給を下回らないとするまさに最低の賃金水準だった。ところが今や高卒初任給が最賃を下回るという60年前の状況に逆戻りしている。
https://president.jp/articles/-/65252?page=2
■略奪の人事制度
初任給に手を付ければ、会社全体の賃金体系に手を着けなければならなくなる。賃金総額を抑えたい企業は、今まで順調に給与を支払っていた階層を減らさなければならなくなる。会社の構造がゆがみ始める予兆である。
しかし、意図しない社員の流動化は避けたいという矛盾した思いも隠せない。
実のところ、3年内離職率は、マクロのデータを見る限り改善はしていない。
○新規学卒就職者の離職状況(平成31年3月卒業者)を公表します
就職後3年以内の離職率は、新規高卒就職者が35.9%(前年度と比較して1.0ポイント低下)、新規大学卒就職者が31.5%(同0.3ポイント上昇)となりました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00005.html
当然、こうした離職率は企業で一律ではなく、離職率が問題にならない企業も多い。一般的には従業員エンゲージメント(「会社に貢献したい」という従業員の自発的な意欲のこと)が高ければ離職率も低いと言われている。
もっとも、過度なエンゲージメントの要求は「ビッグモーター事件」のようなことを引き起こすので注意だ。
参考:エンゲージメントについて
○日本の従業員エンゲージメントの低さを考える
2022年07月25日
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=71887?pno=3&site=nli
社員の働き方について議論することは間違ってはいないが、根本で受け入れられないところがある。
2022年から2023年の人事に関するキーワードには「ジョブ型雇用」があり、その効用については下記の記事も参考になるだろう。
○IT企業の人事制度改正 成果までのプロセスも評価 ジョブ型視野に期待役割明確化
2023年3月24日
IT企業で、人事制度を改正する動きが目立っている。ITサービスのTIS(東京都新宿区)は4月に、「働く意義」を強化するため、評価・等級・報酬制度を全面刷新する。
評価制度は、組織目標に基づく業績評価と、経営理念に基づくコンピテンシー評価に整理する。業績評価は、上長とともに半期ごとに「Must(期待役割)」「Will(志)」「Can(能力)」を摺り合わせた上で、成果目標とプロセス目標を設定し、挑戦の過程も含めて各評価項目を絶対評価。一方、コンピテンシー評価は経営理念に即した期待される行動を設定し、コンピテンシーの発揮度合いを絶対評価する体系へと改める。
しかし、今までの評価制度ではダメなのに、どうして新しい制度だとOKなのかが分からない。根本的には、「社員が会社に貢献する」コトを前提としている。
これが受け入れられない。
会社が社員に対して貢献をすることで、ロイヤリティを上げるという発想がない。
社員は会社に貢献することを前提としている。
そんなことでは人材の流動化が進んだ先で子分たちの会社が選ばれるはずもなく、そんな思いは幻想に終わる。
<閑話休題>