Sebastian Mullaert / In Dreams sleeping concert series
「クラブで」「寝る」という相反したイベント
スウェーデンの音楽家Sebastian Mullaert(セバスチャン・ムラート)が来日。2022年12月14日(水)に大阪CIRCUS Osaka、15日(木)&16日(金)に東京VENTで公演を行った。
15日のVENT公演は「In Dreams sleeping concert series」と題して開催。
Max Richter(マックス・リヒター)の“眠り”のためのコンサート「SLEEP」を体験することが夢の筆者にとって、この公演はそれに劣らぬ魅力的なもので、迷わずにチケットを取った。「クラブで」「寝る」という相反した組み合わせは、どんな経験となるのか?楽しみに当日の夜を迎えた。
会場はリトリートのような静けさ
開演は23:30、23時の開場にあわせて現場へ到着すると、すでに何人かの待機者が。皆大きなスーツケースやバックパックで、クラブイベントというよりも野外フェスティバルに参加するような出で立ち。
ゲートがオープンしチェックインを済ませる。室内は青白いダウンライトで整えられ、うっすらとアンビエントが流れている。参加者はつつましく、声を上げて話すものはおらず、目が合うと会釈をする程度。まるでリトリートに来たような静けさだ。
クラブのメインフロアに入ると、マスキングテープで1人1人のスペースが区切られてたり目印があるのかな?と思っていたが、そうしたものはなく、みな思い思いに荷物を広げ、プライベートスペースの設営に入る。説明が省かれたミニマルなイベントは居心地がいい。私は室内の後ろのスペースに、壁に沿って銀マットと寝袋を広げるようにした。23:30、Sebastian Mullaert本人が参加者に向かって静かに語りかける。
「皆さんこんばんは。ようこそ。まだ遅れてくる方が数名いらっしゃるので、ゲートは開けておきますね。お手洗いはいつでもどうぞ。音を出している方がいたら、そっと、教えて差し上げてください。目が覚めているときも、考え事をしたりせず、寝ることだけに意識を向けて。それでは朝まで、くつろいでお過ごしください。」(意訳)
おもむろにSebastianのプレイが始まる。眠りにいざなうような、低く、落ち着いた曲だ。最初から横になる者もいれば、私のように、座してプレイを見つめる者も。スタッフが「Sebastianおすすめの香りなのでよければ枕に一滴どうぞ」と、ヒノキ?のエッセンシャルオイルを配ってくれた。
寝ても覚めてもSebastianはプレイを続ける
せっかくなので、普段の日常でなかなか落ち着いて坐ることもできないので、坐禅を組んで、呼吸を見つめてみることにした。音楽が心地よいガイダンスとなって、瞑想に入りやすい。そうしてつかの間を過ごした。
少しすると、師走の時期の疲れもあって眠気が訪れてきた。室温が保たれていて半袖に一枚羽織れば十分。寝袋は下に敷いたままで、その上にブランケットで横になる。リラックスしてとても心地よい。いつの間にか眠りに誘われていった。
フと目が覚めた。Sebastianはまだ淡々とプレイを続けている。寝ても覚めてもプレイしてくれているその姿に、子供の頃、夜中に目を覚ましてもまだ母親が夜なべして仕事をしてくれているような、常に同じ空間で見守ってくれているような大きな安心感を覚える。参加者が目を覚ましていようと眠りについていようと、彼は必ずや朝までプレイを続けているのだろう。
夢見心地の良イベント
どのくらい時が経ったのだろうか、クラブという空間で、時計もなく、空調も照明も整えられているので、目を覚ましたところで時間の感覚がなくなっている。深夜なのかすでに朝方なのか、見当もつかない。わずかな眠りだったのか、数時間熟睡していたのか。夢を見ていたような気もする。喉が渇いていて、水を口に含ませる。周りを見回すと、他の参加者もスヤスヤと眠りについている。
同じ体験をしている人が周りで「寝ている」という姿は、こんなにも安らぎを覚えるものなのか。Sebastianはまだ淡々とプレイを続けている。プレイヤーでただ無機質に音楽を流しているのではなく、ライブで音楽が奏でられている事に、人肌感がある。まるでこの会場が子宮の中のような安心感だ。
そんなことを考えながらまどろんでいると、徐々にドラムの低音が鳴り響くような、リズミカルな音楽に変化してきた。そのビートにあわせて、頭もだんだんとクリアになってくる。眠りの淵からゆっくりと覚醒していく様子が自分で判る。ドラムの音量が大きくなってきて、身体の隅々まで血が通っていくのも判る。そんな身体に向き合った時間が終わると、曲はまたも静けさを取り戻し、ゆっくりとフェードアウトするように音楽は止んだ。
「Good Morning.」
Sebastianが低い声でささやいた。
どうやら、朝を迎えたようだ。
BLTとフルーツのモーニングで日常へ
「隣室に朝食が用意してあるよ。」とSebastianに促されるまま隣室へ行くと、BLTサンドとフルーツというオーガニックなプレートが準備されていた。イベントの余韻の中、数名が小声で「どんな夢を見た?」などと体験を共有しあっている。あらためて見回してみると、参加者は30代~50代とみられる14人(※当初20名の募集で満席、追加募集されていた筈だった)。うち半数は、日本語以外が母語の方。女性は2,3人。「今週末は渋谷でDJ HARVEYがプレイするんだ、観逃せない」といった英語も耳に入ってくる。今回のようなポストクラシカル(クラシック × エレクトロニカ)といったジャンルのイベントの、日本での人気の無さを感じる。たった14名の参加者で、中でも日本語話者は半数しかいない。ここまで限定数で開催された会に参加できた贅沢さを思った。
機材を撤収しているSebastianに「子宮の中にいるみたいな感覚でとても心地が良かった。」と伝えると、「ありがとう。僕はこれから仮眠をとることにするよ。今夜もギグがあるからね。」と穏やかな返答。人柄がプレイスタイルにも表れていたような、とても滋養に満ちたイベントだった。
我々が無意識に普段縛られている時間の感覚をも失う一晩だった。そして普段であれば踊るクラブという環境で、寝るという、非日常体験だった。けれど会場から一歩外に出ると、そこは表参道の大通りだ。街はもうすっかり朝を迎え、日常の喧騒を取り戻している。ここから私は電車に乗って帰宅する。
日常に戻るのは簡単だ。帰りの電車でスマホをひらいて、SNSのタイムラインを辿れば、即、いつもの生活に逆戻りだ。
けれどほんの一瞬、ほんの一晩、外部との接触を一切断ち、ひたすら心地よい音楽に身を委ね、眠りと、夢に、浸るという体験は、かけがえのない夜だった。
開催から一か月以上経った今でも、あの晩の、包まれたような豊かな睡眠をありありと思い出すことができる。それほど私にとって上質な一夜だった。
<了>