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【MLB】アーロン・ジャッジにあり、大谷翔平になかったもの

今季、MLB史上初めて同年に投手として規定投球回、野手として規定打席に到達し、伝説的なシーズンを送った大谷翔平。
しかし、アメリカン・リーグのMVP投票では1位票全30票中2票しか得られず、年間を通して歴史的な攻撃力を発揮したアーロン・ジャッジに大差で敗れた。

MVPは過去に2011年にはバーランダー、2014年にはカーショウといった年間通して好投を続けた先発投手が獲得したケースもあったが、その際は先発投手として野手並みの稼働をしていたり(2011年のバーランダーは34登板し、投球回は251.0)、野手に大本命がいなかったり(2014年のナショナル・リーグのOPSのトップはマカッチェンの.952)といったまれなケースでの受賞である。投手にはサイヤング賞があるため、MVPに関してはどうしても野手の実績に大きく影響されると考えている。

実際、今季の大谷は野手としても優秀な成績を残したのは事実ではあるのだけど、MVPを受賞したジャッジと比べると大きな差を開けられている。

打率 
大谷  .273
ジャッジ .311

HR
大谷 34
ジャッジ 62

打点
大谷 95
ジャッジ 131

OPS
大谷 .875
ジャッジ 1.111


ただ、statcastの指標を見る限り、ジャッジに比べて大谷が明確に劣っている要素がないのも事実である(MLBの中で高いレベルで争っていて、ジャッジが外れ値として飛びぬけている可能性もあるが・・・)。
しいて言えば、ジャッジのほうがChase Rate(ボール球スイング率)に優れている(一方で大谷は走力が優れている)。


今回はそんなジャッジと大谷との2022年の成績を深掘りし、彼ら二人の打撃成績とMVP投票結果に差がついた要因について紹介する。


速球の対応

大谷は速球系(4シーム、2シーム、カッター、シンカー)への対応が得意なバッターである。
速球系に対し、ホームラン数は昨季の23本から16本へ数字を落としたものの打率.297、長打率.559を記録し、打球速度と打球角度は昨季よりも改善した(それぞれ93.1mph→95.3mph、12度→13度)。

ただ、ジャッジは速球系を打ちまくっているのである。

相手投手の左右で苦手がなく、合わせて35HR、打率.341、長打率.749。打球速度は97.8mph、打球角度は14度。特に対左の速球系に対する平均打球速度は100mphを超えていた

加えて差がついた点が96mph(約155km/h)以上のボールに対する対応である。
大谷の2HR、打率.250、空振り率41.1%という数字に対し、ジャッジは5HR、打率.342、空振り率36.6%。96mph以上のボールに対する打球を見ると、大谷が逆方向(レフト)中心であるのに対して、ジャッジは引っ張りの打球も多く、パワーのあるボールに対して決して振り負けていないことがわかる。

また、大谷は対右にはオフスピード系(チェンジアップ、スプリッター、フォーム、スクリュー)、対左にはブレーキング系(スライダー、カーブ、ナックルカーブ)を苦手にしており、それぞれアウトローに投げ込まれゴロアウトとなるケースも多かった。
特にバッター不利のカウントで変化球割合が増えており、1)速球への対応に課題があるため、2)打席では速球の準備・心構えをするも、3)バッター不利のカウントで不意に変化球でタイミング、芯を外され打ち取られる、という打席が多かったのではないか。

なお、MVPを受賞した2021年は同じく96mph以上のボールに対して打率.175ではあるが打球速度97.8mph(今季:92.mph7)、打球角度15度(今季:7度)を記録し、センターからライトにかけて打ち返すことができていた。

大谷が調子のよいときは変化球待ちで、速球に反応して対応できる考えている。
来季、ジャッジのように速球に差し込まれないスイングができるかは注目ポイントのひとつである。

試合中の先発投手への適応

大谷やジャッジは上位の打順に座ることが多く、特にジャッジは2番どころか終盤はトップバッターを務めていた。

上位の打順のメリットは同じ試合で先発投手と複数回の対戦ができることである。
先発投手が5回をめどに交代すると考えると、打順が中盤から後半ではせいぜい2打席の対戦であろう。一方で、上位の打順であれは3打席立てることが多くなる。
メジャーリーガーであればもちろんそのスキルだけでなく、近年はタブレットでも打席でのアプローチを動画で確認できるため、試合中に相手投手にしっかりと対応してくる。

ただ、大谷は今季その点が弱かった。

先発投手に対する各打席の成績は以下の通り。
1打席目 打率.267 8HR OPS.907
2打席目 打率.278 6HR OPS.836
3打席目 打率.267 7HR OPS.886
(4打席目以降 打率.167 0HR OPS.667)
※4打席目以降はサンプルが少ないのであまり参考にならない。

前の打席の結果を生かし、2打席目以降につなげて成績を向上させたいところではあるが、あまり改善させることができなかった。

一方で、ジャッジは最大限に前の打席の結果を踏まえ、相手投手に適応している。
1打席目 打率.300 10HR OPS.998
2打席目 打率.320 15HR OPS1.146
3打席目 打率.304 10HR OPS1.102

(4打席目以降 打率.500 0HR OPS.1.167)

特に、2打席目は恐怖の大王と化す。相手先発投手からしたら3イニング目あたり、警戒が緩み下位打線に出塁を許した状態で決してジャッジを打席に迎えてはいけない。

このように、大谷に比べてジャッジは試合中の相手投手への適応に非常に優れている点が挙げられる。


平均以下の投手との対戦

162試合の長丁場であるレギュラーシーズンと、多くて4勝先取の短期決戦であるポストシーズンの大きな違いは相手投手のレベルである。
ポストシーズンはローテの上位クラスが先発し、中盤以降は試合展開によらず勝ちパターンのリリーフが登板するため、より打席でのアプローチは難しくなる。
一方で、レギュラーシーズンでは経験のないルーキーや、全盛期を過ぎたベテラン、怪我の選手の穴を埋めるためのスポット的な1.5軍選手の登板などレベルの低い投手との対戦も多い。

あくまでも奪三振数と与四球数で投手のレベルを定義したものではあるが、大谷の上位、中位、下位投手と3分類した際の対戦成績は以下の通りである。

対上位投手 打率.263 8HR OPS.830
対中位投手 打率.283 12HR OPS.909
対下位投手 打率.272 14HR OPS.876


一方で、ジャッジ。

対上位投手 打率.263 14HR OPS.995
対中位投手 打率.305 23HR OPS1.125
対下位投手 打率.343 25HR OPS1.167

大谷の決して悪くはないが、ジャッジは相手投手のレベルが下がれば下がるほど、またしても恐怖の大王と化す

相手のレベルが下がったときに確実に相手を打ち崩し、成績を残せたかどうかは最終的なシーズン成績に大きく影響していたようである。ビッグリーグで戦う以上、慈悲は無用である。

勝利への貢献度

以前の記事で、WPAという指標を紹介した。


近年、SNSを中心に、メディアではMVP順位をWARの値で語ることが多くなっている。

ただ、かつて地区最下位のチームからMVPが選出された例もあるが、”最も価値ある選手”たるもの、いかにチームを勝利に導けるかが重要であり、今季のMVPレースでは62ホームランでアメリカンリーグ記録を更新しただけでなく、注目度の高いヤンキースをレギュラーシーズン100勝と地区優勝に導いたことはジャッジにとって大きくプラス要因だったと考えている。
シーズン終盤までポストシーズン争いをし、ロジャー・マリスのホームラン記録をターゲットにしていたジャッジは、早々にシーズンに白旗を挙げていたエンゼルスでプレーしていた大谷に比べると、”最も価値のある選手”と強く印象付けられていたことは間違いない(もちろん、これは大谷個人のせいではない・・・)。

さて、今季の大谷とジャッジのホームランのWPA(合計と平均)は以下の通り。
大谷 合計:4.208 平均:0.124
ジャッジ 合計:8.472 平均:0.137
もちろんチーム状況にもよるが、数値的にみても、ジャッジのほうが大谷に比べて量的にも質的にも上回り、チームの勝利に貢献する一発を放っていた。
実際、ジャッジは年間3本のサヨナラホームランを放ち、特に5/10、ブルージェイズ戦でのそれは2点ビハインドからの逆転3ランで、WPAは0.807を記録している(ジャッジの打席前までは勝率19.3%というほぼ負けが決している状態での逆転勝利)。


以上が、今季、大谷とジャッジの打撃成績とMVP投票結果の差を分けた要因についての詳細である。
もちろんチームの状況やほかの選手のサポート(警戒度分散)等、外的要因もあるが、ジャッジは大谷に比べて打席で優秀なアプローチによって、今季のような差をつけることになった。

ただ、フィジカルやstatcastの打撃スタッツを見る限り、決して大谷がジャッジに劣っているとは思えない。
ジャッジが今季30歳シーズンで覚醒したことを考えると、大谷が来季、よりパワーアップし、”野手専任”のジャッジに負けない打撃成績を残すことは十分に可能ではないだろうか。

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