夜空が心を橋渡し★
咲がお酒を飲む時は大抵、親友の結衣ちゃんかダディのどちらかだ。
結衣ちゃんと飲む時は、居酒屋でワイワイ騒ぎながらおしゃべりする時間を楽しみ、
一方、ダディと飲むのは家で会社のグチをじっくり聴いてもらう時である。
どちらも大事な時間ではあるけれど、どちらかと言うと後者が心地よい。
だって嫌なとこがあったら、すぐ聴いてもらいたいじゃない。
そしてもう1つ、ダディはお父さんではあるけれど
本当のお父さんではないからね。
そう、実の両親は咲が4歳の時に交通事故であっけなくこの世から去り、
父親方の祖母に引き取られた。
祖母とともに、父親と年の離れた弟の明が暮らしていたが、
2人は咲を温かく迎えてくれた。
当時20歳だった明は、突然両親がいなくなった咲の顔をじっと見て
こう言った。
「咲ちゃん、今日からぼくをダディと呼んでね」
「ええっ、でも明くんでしょう?」
「ふふ、今日からぼくは名前を変えたのさ」
20歳でまだ結婚もしていない若者が“ダディと言って”という心情を
4歳の咲が理解できるわけがなく、
「へんなの~、でもいいよ。明くんをダディって呼ぶ!」
と楽しそうに笑い、それからダディと呼び続けている。
時は過ぎ、ダディは40歳で咲は24歳になった。
祖母が2年前に他界してからはダディと2人暮らしだが
そのことについて結衣ちゃんは時折、「2人は不純な関係では?」と言ってくる。
言っとくけれど、全くの見当違いだ。
なぜならば、ダディは星空にしか興味がない、完全に天体観測オタクだから。
人に関心がなく、日々の生活でも必要最低限の会話しかしない。
しかし、咲はそれが物足りないと感じたことはなく、
天体観測をしながらでも話を聴いてくれるダディとの時間が気に入っているのだ。
月に数回、咲は会社で嫌なことがあった日の夜ふけに
缶ビールを片手にダディの部屋に入り込む。
「お邪魔します。今日も聴いてください~」
ダディはベランダに立ち、望遠鏡をのぞきこんでいるが
「どうぞお入りください。今日は何ですか」とやさしく答えてくれる。
床には缶ビールが1本横たわり、すでに飲み終えたようだ。
咲は「実はさ、こんなことを言われたんだよ」と切り出し、
缶ビールをゆっくり飲みながら今日あったことを話し続ける。
その間、ダディは「そうか」「ふぅん」「なるほど」とあいづちをうちながらも
視線は夜空に向いたままだ。
そのダディの様子に、咲は「ダディの心は夜空の向こうだな」とつぶやく。
そして、ひととおり話をしてなんとなくすっきりした咲は
最後に缶ビールをぐっと飲み干し、「さぁ、寝ようっと」と腰をあげようとした時、
ダディが「夜空が、〇〇〇〇してみればと言っているよ」と
そっと言葉を添えてくれる。
視線は相変わらず望遠鏡だが、耳は傾けてくれたらしい。
ダディのアドバイスを聴き、「そう、そうだよね~」とその場に立ち上がり
心を取り戻したように表情がぱっと明るくなった。
「よっしゃ、明日も頑張るぞ~!」
さて、咲とダディの微妙な関係は今後どうなるだろうか?
それは夜空のみが知る・・・。