今日のジャズ: 4月6-8日、1997年@ニューヨーク
“Fingerpaintings” (The Music Of Herbie Hancock) by Christian McBride, Nicholas Payton & Mark Whitfield on April 6-8, 1997 at Effanel Sound, New York for Verve
個人的にかなり聴き込んでいる一枚。リリース当時、ヴァーヴレーベルと契約していた新鋭という形でデビュー間も無いトランペット、ギターとベースを操る若手のホープが現在ジャズの重鎮ハービーハンコックの楽曲をドラムレス編成で演奏するという企画。
ハービーハンコックが手掛けた名曲をベストアルバム的に演奏していく作品で演奏の質は高く、春の雰囲気を醸している少し肌寒いマンハッタンの空気感が、日本で桜が咲く頃の季節にも絶妙にマッチして春先の愛聴盤となっている。曲順に沿って、オリジナル曲を交える形で紹介していきます。
先ず、アルバムタイトルになっている幕開けは、春の兆しを感じさせるような繊細なトランペットから生み出される多様なトーンと見事なトリオワークが印象的な”Fingerpainting”から
1979年7月29日に東京で録音されたオリジナルは、ハンコックが自身を含む当時の第一人者達を率いて編成したバンド、VSOPによる五重奏向けに作曲したという構成美が見事な演奏
二曲目はマクブライドのベースが春の到来に心躍るようにスイングして、他の二人も背中を押されてウキウキ・ワクワクするような心象で展開する”Driftin’”
オリジナルは、ハンコック初のリーダーアルバムからの若々しい演奏が印象的(1962年5月28日録音)
ファンクジャズの古典的名曲で、三名が若かりし頃にこのアルバムで初めてハンコックの演奏を聴いたという、エレクトリック時代のハンコックの名盤、”Headhunters”からの代表曲”Chameleon”。ジェームスブラウンの曲まで取り上げるマクブライドが得意とするファンク系で、ウィットフィールドのカッティングとペイトンの鋭く切り込む演奏が聴きどころ。2:58からのギターとベースのやり取りとその後の展開に惹き込まれる
1973年9月にサンフランシスコで収録されたオリジナル。ハンコック初のビルボードのジャズチャートでの一位獲得作品。繰り出されるリズムに理屈抜きで冒頭から体が揺さぶられる(ハンコックにしてみたら計算した産物なのかもしれない)
そして、春の到来に相応しい美しい旋律と風潮の名曲、”Tell Me A Bedtime Story”の、コードを主軸としながらもメロディーをシングルトーンで綴る何処となくグラントグリーンを彷彿させるウィットフィールドのギターと、ライナーノーツによると本曲がお気に入りというマクブライドが絡まりながら展開していくデュオ演奏は何度聴いても飽きることが無い。その絡みは、卒業と入学シーズン、期末と新期の別れと出会の入り混じった複雑な心境を描いているかのよう。
オリジナル曲は1969年10〜12月録音のテレビアニメ特番”Fat Albert Rotunda”のサウンドトラックからのBGM調の雰囲気を持った一曲。エレキピアノを軸としたオーケストレーションが特徴的
オリジナル曲ではトニーウイリアムスのドラムが炸裂する”The Eye Of The Hurricane”は、縦横無尽な展開を見せるペイトンとホイットフィールドのリズムギターがミソながら、グイグイと引っ張るマクブライドがベースの存在感と重要性を際立たせている
古典的名盤『処女航海』からのオリジナル曲のダイナミックな演奏は、春先に聴きたくなる1965年3月17日のルディバンゲルダースタジオ録音
1966年12月封切りのスリラーサスペンス映画で翌年のパルムドール賞を受賞した”Blow-Up”のサウンドトラック向けに提供された”The Kiss”をペイトンとウィットフィールドがデュオ演奏。ギターの繊細な音使いとその多様さに注聴
1966年後半に録音されたオリジナルも主旋律はギターで、名手ジムホールが担当。キーボードやホーン類が主役となる曲が多いハンコックの楽曲では珍しい編成
ハービーハンコックの手による至極のバラード、スタンダード曲としても浸透している”Speak Like A Child”では、ペイトンがフリューゲルホーンを吹き、ウィットフィールドがアコースティックギターを手に取りアルペジオを交えた効果的な演出が際立っている
口ずさみたくなるキャッチーなメロディーが心に響くオリジナル演奏は、以前の紹介記事からどうぞ
“Suite Herbie B”のオープニングは、マイルスも度々ハンコックを交えて演奏した”The Sorcerer”、ギターのモダンな和声使いがハンコックを意識した感じ。後半のマクブライドの我が身の一部かのように自在に操るベースが超絶的な展開をするソロに畏れ入る
オリジナルはハンコック参加のマイルスデイビスによる第二期黄金のクインテットのアルバムから(1967年5月16〜24日録音)
可憐で愛しさを感じさせる旋律のスタンダード曲、”Dolphin Dance”は、ペイトンとマクブライドによる難易度の高い変則的な編成ながら、それを逆手に取ったシンプルで説得力のあるデュオ演奏
説明不要の大定番、オリジナル演奏はこちら
同曲についてはアーマッドシャマルによる演奏を紹介していますので、ご興味がある方はどうぞ
本アルバムの目玉曲。テナーサックスのレジェンド、デクスターゴードン主演映画”Round Midnight”のサウンドトラックから、心地良いメロディーと展開が粋な名曲の”Chan’s Song”。マクブライドによる、冒頭の雄大なベースの弓弾きで主旋律を辿る生々しさはオーディオリファレンス級で、そのふくよかな艶めかさを、スピーカーが震えるほどの大音量で聴きたい
作曲はハンコックとスティービーワンダーの共作。オリジナルでは、ボビーマクファーリンがメロディーを独特の喉づかいでスキャットしている。同曲を含めたオリジナルのサウンドトラックアルバムは、アカデミー作曲賞を受賞
ハンコックのブルーノート時代の名作のひとつ”One Finger Snap”テーマ直後のグイグイと前進するマクブライドのベースソロ,オリジナル演奏のフレディハバードに引けを取らないペイトンの溌剌とした演奏が聴きどころ
オリジナルのスケールの大きい緊張感に満ちた演奏は何度聴いても痺れる
同オリジナルアルバムからスタンダード曲となったファンキーな”Cantaloup Island”の紹介記事は、こちらからどうぞ
エレクトリックハンコックの、スライ&ファミリーストーンに捧げられた名曲”Sly”は、クール調ながら熱気を帯びた好演。トランペットとギターのユニゾンの裏でベースが展開する構成や、その後のギターとベースのバッキングを受けながら暴れまくるトランペットが格好良い。オリジナルの彷徨うような雰囲気と流れを見事に再現しているのに敬服する
オリジナルは、熱いジャズファンクでレトロな電化サウンドが癖になる
冒頭のベースラインが印象的な、当時の新主流派を象徴するハードボイルド調の楽曲、”Oliloqui Valley”は、三者の拮抗したバランスが素晴らしい
サンプリングとしても多様されるほど有名なオリジナル演奏は、多作家で2千枚以上の録音に参加したギネス記録を持つハンコックの盟友ベーシスト、ロンカーターの初期時代の名演の一つだと思う。冒頭のベースラインのマクブライドとの音色と音程と、ペイトンとオリジナルのフレディハバードのトランペット比較が面白い
フィナーレとなるロマンティックなバラード、”Jane’s Theme”は、ジャズのフルアコースティックギターを生音で採用する演出が心憎い。その一聴、地味に聴こえる和音とリズムを担うギターの存在が、本曲のみならず本作を通して如何に難易度が高くて凄技かという点を最後に指摘しておきたい
オリジナル曲もギターが主旋律を担うが、ギターと相性の良いハモンドオルガンが雰囲気作りに貢献している。因みにテナーサックスはジョーヘンダーソン、ドラムはジャックデジョネット
さて、如何だったでしょうか。改めてオリジナル作品と聴き比べると、ハンコックの幅広い作曲の才能の卓越さ、多様な和声の使い方、演奏の変幻自在さ、緻密な編曲やオーケストレーションという稀有な能力が伝わって来ます。そして、本作との楽器の差分によって、ドラムを軸とするリズムの使い方が、アクセント的な効果面も含めて非常に巧みな事が分かります。
そのドラムについては、先の”Chameleon”のオリジナル作品の奏者、ハービーメイソン本人による同曲の演奏画像がありますのでご覧ください。特徴のあるリズムの捌き方を見ているだけでも楽しめます。
そしてこちらが、トニーウイリアムスを交えた、ハンコック、カーター、ハバードの『処女航海』のオリジナルメンバーにジョーヘンダーソンを加えた”The Eye Of The Hurricane”の再演。ウイリアムスの奔放なドラミングが際立っています。
この切れ味鋭く凄まじくドライブする唯一無二のウイリアムスらのドラムの重要性や存在感を踏まえた上で、飛車角落ちのようなドラムレストリオ作品を敢えて企画して若手にチャレンジさせて見事に仕上げるプロデューサーの企画と三人の演奏者の手腕にも脱帽です。そう言えば、同じようにドラム主体のオリジナル曲をドラムレスでカバーしている演奏を以前取り上げていましたので、ご興味がある方は、以下の記事もどうぞ。
そして、なぜこのようなハンコック楽曲の企画が成立したか、というと恐らく当時、ハンコック自身が本作と同じヴァーヴレーベルに在籍していたので、許諾を始めとする協力を取り付け易かったからだと推測する。実際に本アルバムのライナーノーツにハンコックのコメントが登場している。そのライナーノーツを書いたのは、本作同様の企画でプリンスの手掛けた楽曲をジャズでカバーしたアルバムをプロデュースしたボブベルデン。
本演奏者三名は、その後も順調にキャリアを築いて、現在でも第一線で活躍している(全員、グラミーウィナー)
先ず、正統派として登場したペイトンは、近年、ファンク系に傾倒しているようです。以下のライブ映像ではフェンダーローズも操ってファンクながら洗練された側面を持つ知的でクールな音楽を披露しています。
マクブライドは、当時若手テナーサックスの有望株、ジョシュアレッドマンのバンドでも頭角を表し、ソロ活動も続けながら、パットメセニーやチックコリアといった巨匠との共演を経てジャズベーシストの第一人者の地位を築きつつあります。テクニックのみに頼ることなく、豪快にスイングとドライブするところが唯一無二で、ハンコック本人とも共演している映像がありましたので、そちらもご覧ください。
ウイットフィールドも、現在ジャズトランペッターの筆頭格、クリスボッティの伴奏等でジャンルに囚われずに幅広く活躍しています。以下のボッティとの共演に参加している従兄弟のサイスミスのみならず、ピアニストとドラマーとしてキャリアをスタートしているご子息も今後が楽しみです。
話をハンコックに戻します。本記事を書く過程で、改めてその偉大さと素晴らしさを認識しました。83歳の今でなお現役ですので、更なる活躍をされるかと思います。そのハンコックが、マイルスとのエピソードでジャズの真髄について語っている映像がありますので、こちらで本日は締め括りたいと思います。
本日もどうも有難うございました。
素敵な週末をお過ごしください。
(おまけ)
本アルバムが追悼している、1969年開店、本作収録の前年1996年に閉店したマンハッタンのグリニッジビレッジのジャズクラブ、”Bradley’s”はいわゆるアフターアワーズ的にミュージシャンが訪れる、狭い場所ながら居心地の良い場所だったらしい。冒頭の三人の写真も恐らく、この場所で撮影されたものと思われる。そのグランドピアノは、あの有名曲テイクファイブのアルトサックス奏者、ポールデズモンドが寄贈したものだそう。惜しまれつつ閉店したようで、閉店に関わる記事が多数残されている。この場所で収録されたケニーバロンやケビンユーバンクスのライブアルバムも発売されており、そんな空間でひと時を過ごすことが出来た方が羨ましい。