今日も今日とてnoteを書く。
なんでnoteを書くんだろう、続けているんだろう。
旅行記更新します!と意気込んだけれど筆進まず。Instagramにそれに関わる写真を投稿して満足してしまった。Instagramに投稿をしたのは約四か月ぶり。「あぁ!コレコレ!SNSってこうやって使うんじゃん!沢山いいね貰えるってサイコー!」と若い心を取り戻しました。ナウでヤングなボーイ失格かもしれない。
書く気がしないのは、僕は思い出を胸に取っとく派で、人に伝えたいことではないからだろうなぁ。そんな直感。
もともと情報や体験を人に発信する事は、なんか苦手で難しい。僕にとってのnoteは「原体験を発信して外に広める媒体」というよりも「僕の心の一片を表す媒体」が主機能なのかもしれない。要はただの日記です。
文章の中で決断した物事(主にゲイ関連)は誰かに必ずしも適用できるものでもない。けど自分は自分なんだからこれで良いんだ!って思えるように書くという心理側面が少なからずあると思う。
何故なら、他者のアイデアや決断も正しいし、それぞれのバックグラウンドによって築いてきた価値観や性格によって行動が違う。人が一生懸命に紡ぎ出した正しさは唯一無二で特別。
色々な人の意見やアイデアを見て聞いて、比較しながら僕は自分にとっての”正しい”やスタンスを探している途中なんだと思います。
ずっと見つからないかも。
けれど悲観的ではないかな。言い換えれば、常にベストな選択をしたい!って事なんで。やんわりポジティブなので基本的に前向き。
この記事にタイムリーなんですけど、この前、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にPerfumeファンの方ならご存知のMIKIKO先生が出ていて。
「自問自答する時間が長ければ長いほど魅力的な人間になれると思うんです。」
って仰ってました。自分の輝かせ方を知ってる人は素敵だなぁ。もしやnoteを書き続けていれば魅力的になれる? まぁそんなん分かんないよね。ぼちぼちいきましょ〜!
先日、noteを書いている人に会いました。その人の記事を読んだのが僕がnoteを始めたきっかけ。なぜか、すんなり会えた。すんなり自然と色々話した。会えてとても嬉しかった。
当時19歳だったか20歳なりたての僕はゲイである事に背徳感やぶつけようのない寂しさを抱えていた。
その頃、セクシャルマイノリティの生の声を聞けるメディアはあまりなかった気がする(僕が無知だったのかも知れませんが)。その人の記事を読んで、悩みや考えに共感したり、勉強、趣味、生活の話に勇気や刺激を貰えたのを覚えている。
僕は自分の気持ちを吐露して共感出来るところが欲しかったのかなぁ。それとも、その人みたいに一歩踏み出した世界を見たかったのかなぁ。はたまた、ただの真似っこだったのか。分からない。
色々な経験や思いを今まで記事に書き込んだ。
日記でもいいけど、欲を言えばちょっとだけで良いから誰かに見守っててほしいんだろう。又は、悩んでこのnoteに行き着いた誰かにメッセージを伝えるためにnoteを続けているんだろうか。分からないし、動機なんてなんでも良いかな。
今は沢山のメディアがある。やる気あり美というwebメディアからゲイの人が書くブログ、note、Podcastなど多様だ。僕も拝見・拝聴させて頂いている。ゲイというカテゴリーで見られがちだけれど、トピックの切り口はどのメディアも斬新で面白いし、凄く参考になる事も多いんじゃないかなぁ。人の悩みの本質はだいたい似ている気がする。誰かに背中を押してもらいたいよな。(悩んでる人、みんなガンバ!!)
このままだとただの所感になっちゃうので自身のエピソードトークを久しぶりに1つ。最近、自身のゲイ的エピソードを(いい意味で)書く様な気持ちに至らなかったがなかった。セクシャリティに関するモヤモヤにあまり囚われなくなったからかもね。
この前、スノーボードをしに旅行した。中学時代の友人5人で。
行きの車内で結婚願望や恋愛の話になり、「いや〜相手もいないし結婚とか分からんわ〜。」と少し後ろ向きな事をふと呟いた。
その言葉を拭うように、「もうそろそろ出来るようになるんじゃん??パートナーシップ制度も導入されてるし。」と友人。
普段おちゃらけてるからそんな事を自然に言うなんて思わなかった。
たった一言だけど、嬉しかったなぁ。自分が将来的に利用するかは分からないけれど、選択肢として必要だと思うし、何より幸せになれる人が増えてほしいよな。ちょうど2/14に同性婚訴訟があったし、とてもタイムリー。個人の力なんて微々たるものだけれど僕も応援署名をした。そういうほのぼのエピソードです。
さて、そろそろ3月。新しいアルバイトも始まり、やらなきゃいけない事も舞い込んできた。春色のシャツと薄手のMA-1、Stan Smith のスニーカーが最も映える時期。足取りも軽くてどこまでも行ける。