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よんだ「小説 秩父事件 伝蔵 ー 困民党会計長」八木静子 著(まつやま書房 2022)
1884(明治17)年10月31日から11月9日にかけて、埼玉・群馬・長野などの民衆数千人が負債の延納、雑税の減少などを求めて武装蜂起した。
「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」(日本国憲法前文)という理念や、命を全うする権利を考えるとき、今日の日本の状況が秩父事件当時と似ていると私には感じられます。
明治政府から現政府までは、ひとつながりであり、
国民に対する扱いも変わらないだろう。
国民が首をくくっても、現政府が助けることは無く、
逆に首をくくる事を推奨したり、
いや、政府が首を絞めているのが現実だろう。
なぜ、気付かないのだろう。
小説の主人公となる伝蔵さんは、明治政府の動き、
民衆の味方と考えられていた自由党の変わりようを考えて、
秩父蜂起はまだ早いと考えていたが、
自殺者が増えていく状況下、蜂起を止める手立てなく、
困民党会計長となる。
しかし、蜂起に対する明治政府の動きは、内通者がいるかの如く速く、
困民党の崩れるのもはやかった。
全滅を避けるため、伝蔵さんは、
信州逃れを考えるも、実際に信州に逃れていたら捕縛されていたのだろう。
日本国で逃れられるのは、北海道のみということで。
仲間の死を次々に知っていく。
秩父事件が、私的な暴動ではなく、国政に反対する行動であることを
公にする事が、伝蔵さんの使命。また、亡くなった仲間への弔いも。
明治政府は、英国ー米国の地政学知見より、子分とされた政府。
ユーラシアの大国「中国」と「ロシア」を捕るべく、
捨て駒となる国「日本」。
「戦争」と「増税」は、明治の頃より変わらない手法。
。。。
著者・八木静子さんに感謝。
埼玉・秩父事件の状況と、生き残った伝蔵さんの北海道での生き様を、
読ませていただいた。
政府側でない日本人なら、読んで響かないことはないだろう。
しかし、こうも人と人の分断が明瞭であれば、連帯は無い。
それでも、秩父事件を知る事は、ひとつの救いだと思う。