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ビジネス×アイデンティティ・ポリティクス×キャンセル・カルチャー

近年、企業のCSR(企業の社会的責任)がアイデンティティ・ポリティクスを取り入れ政治的になってきている。
アイデンティティ・ポリティクスは、人種、民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁して行う政治活動。「属性」でお互いを定義して連帯するが、キャンセル・カルチャーと近い関係にある。
オーストラリアのスコット・モリソン首相はアイデンティティ・ポリティクス、キャンセル・カルチャー、SNSの乱用を公の場で批判したように警戒する動きも増えているが、確実に現在の社会で機能しているのはなぜか。


NIKEの「ブランド・アクティビズム」

CSR(Corporate Social Responsibility)と言われる企業の社会的責任は、社会にポジティブな影響を与えようとする努力が、自らの組織とステークホルダーとの関係構築に欠かせない。今や組織にとって重要性の高い分野になった。そしてSDGsやサステナビリティのためのCSV(共有価値の創造:Creating Shared Value)も最近は聞かれるようになってきた。

2018年、NIKEのコリン・キャパニックを起用した30周年記念広告は、アイデンティティ・ポリティクスとビジネスのCSR/CSVが見事に合致した事例だ。
アメリカンフットボールのクォーターバックであるコリン・キャパニックは、2016年、国歌斉唱の際、起立せずに膝をついて歌ったことで有名になった。キャパニックは、「黒人や有色人種を抑圧する国の旗に誇りを示して立ち上がるつもりはない」と語っていた。
真っ直ぐな眼差しと「すべてを犠牲にしてでも、何かを信じること。」というNIKEのメッセージはSNSで大きな話題となり、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーたちの提唱する「ブランド・アクティビズム」の成功事例とも言われている。

NIKEは、以前から政治的・社会的にブランドを明確に位置づけようとする広告が多かった。他のブランドが全方位の「マス」を捉えようとする中で、NIKE自身が顧客を選んだ。消費層として厚いミレニアル世代に訴求し、相反する思想を持つ層(例えば中高年の白人の共和党支持層)を失うことを恐れなかった。
SNS起点のキャンペーンはブランドに関する会話が促進し、オンライン・オフラインでの売り上げに貢献した。


それが売り上げにつながるから

アメリカのスターバックスは、銃を身につけた顧客の来店を断り、6月のプライド月間になると多くのグローバル企業がLGBTQを祝福するキャンペーンを実施する。

現在SNSで購買行動を共有する消費者は、もはやバイヤーのような立場になり、環境問題やアイデンティティ・ポリティクスへ感度の高い若い世代にお墨付きをもらうことは必須用件になってきた。

どんな規模のビジネスをしていても、私やあなたが支持できるアイデンティティ・ポリティクスにまつわることは世の中にたくさんある。
同性婚、子育て支援、夫婦別姓、地球温暖化反対、女性の権利向上、大麻合法化、挙げればキリがないほど。問題を選び、ポジションを取り、それを世の中に向けて発表すると支持が得られるかもしれない。

「属性」で連帯することは、企業ブランドへの高い信頼性と忠誠心を生み出す。
NIKEは社会的な態度表明で称賛された反面、ボイコットのハッシュタグができたり、トランプも議論に参加したり、靴を燃やす人も現れたが、その代償に見合う大きな利益を得た。

LGBTはLGBTQ+、LGBTQIA+と年々複雑化しているとおり、アイデンティティ・ポリティクスの闘争が活発な分野だ。そんなLGBTQは属性が明確な経済市場として見られることがある。現在テスラ、ファイザー、デルタ航空、アマゾンを含む400以上のアメリカ企業がLGBTQの権利法への支持を表明している。
以前、ピンク・キャピタリズムについて書いたnoteはこちら。


日和見主義にならない問題の選別

パタゴニアは、民主党の上院議員を支持し、「Vote the assholes out(投票してあの野郎を叩き出せ)」というキャッチフレーズで共和党の候補者に対してキャンペーンを行い、BLM運動ではNike、Reebok、Amazon、Netflixなどの世界的に有名なブランドがSNSを起点に連帯の表明を行った。

社会的な態度表明はミレニアル世代に向けたクールなブランド確立にはなるが、実態が伴っていなければ、
woke-washing(社会正義に意識があるフリだけする)」
グリーンウォッシング(環境配慮を謳いながら実態が伴っていない)」
ピンクウォッシング(LGBTフレンドリーを謳いながら実態が伴っていない)」
フェミニズム・ウォッシング(実際には平等のための行動をとっていない)」
として批判対象になる。


しかし、社会の不正義に声を上げず、「日和見主義」で営利活動だけでブランドとして成長できる時代でもなくなった。
BLMへ支持表明した企業は、SNSに黒い画像をあげただけでは許容されない。従業員の有色人種比率を調べられ、実際にどれほど人種的正義のために寄付をしているか追跡し報じられる。


全ての人が注目している潮流に乗るのではなく、自発的な関与ができる独自の課題解決を行う道もある。Ben & Jerry'sは大麻のアメリカ全土での合法化を支援している。

Ben & Jerry'sが社会派であり続けるのは「高価格帯のアイスクリームを購入する進歩的な顧客層」の期待に応える行為でもある。


キャンセル・カルチャーは脅威なのか

「キャンセル・カルチャー」とは、ある個人や団体が行った不正行為に対して、オンライン上で大衆が反応し、支援や消費者として購買を取りやめることと言われている。

「キャンセル・カルチャー」は、企業の信頼の失墜だけでなく、誰もが発信するSNSでは誰もがキャンセルし、キャンセルされる対象になり得る。

昔からココア商品のための児童労働、劣悪な環境で生産されるファストファッションなどは糾弾対象となってきたが、現在は経営者の行動、従業員の言動、労働環境、サプライチェーンの問題、システムトラブルとリスクの種類は多様化し、SNSで双方向で議論される社会の課題になった。

ウォーレン・バフェットの「信頼を積み重ねるのは20年間かかるが、失うのは5分」という言葉があるが、企業のリスクマネジメント管理の企業Dataminrが2020年に実施した100社を対象とした調査結果では、危機(炎上の火種)が発生してからオンラインディスカッションに至るピークまで23時間13分という結果を発表した。(悪いケースとして7Payアプリの例があげられている)

対策としては、地味で地道な「行動指針」と、(企業の場合は)常に顧客の声を聞くことが重要と言われている。企業ブランドの視座を高く保つには、危機管理と両輪で長期で取り組む必要がある。


オーストラリア首相のアイデンティティ・ポリティクス批判

オーストラリアのスコット・モリソン首相は、2週間の間に2度にわたってアイデンティティ・ポリティクス、キャンセル・カルチャー、SNSの有害性についてスピーチで語った。
「アイデンティティ・ポリティクスによって人間を商品化する傾向が強まっている」と語り、自分自身を属性の集合体に還元することで、個々の存在を見失うという持論を展開している。ソーシャルメディアについては「邪悪なものに利用される」可能性があると警告している。
企業が政治的プレーヤーとしてアイデンティティ・ポリティクスに介入している状況で、同調しない組織や人に対して権威主義的な攻撃をするキャンセル・カルチャーを批判している。

モリソン首相は敬虔なキリスト教信者として知られている。専業主婦の妻を持ち、彼の古き良き家族の姿はSNS上で「からかい」の対象となっている。夫モリソン首相の執務を見守る妻を、女性の自由が奪われたディストピアSF『侍女の物語』のミームのようだと言われたり、政府職員のハラスメントの問題を専門家ではなく妻の助言で理解した言動を批判されたりしている。
モリソン首相が公の場で批判を行ったことは、保守的な政治家、パートナー、その価値観を無闇に批判するSNSのキャンセル・カルチャーの危険性について認識させられる。

ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルも、加熱するアイデンティティ・ポリティクスやキャンセル・カルチャーについて批判的な態度を取っている。


希求されるから

「多様性」とは、思想も文化も異なる人々との共存で、同質性の安心よりも居心地の悪い調整だらけでややこしい。

企業ブランドは社会で構築されるもので、説明責任を逃れて構築することは難しい。私は日本でヘイトスピーチを垂れ流す経営者の企業が不買運動対象になったり、ハラスメントを放置する企業が明らかになることに反対はしない。

哲学者のスピノザは、「公正」への意識は「共感」から成り立っているという。社会を自分の不利益がないよう維持するルールは、共感の中でも他者を監視する憎しみがはたらき「不公正」を排除する「義憤」につながるという。
人種、民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティが疎外される人々にとっては、共感や同質性は得難いもので、グローバル化で空洞となった国ごとのコミュニティには、アイデンティティ・ポリティクスによる連帯の重要性が高まってきた。
長い間「アメリカの歴史や社会の醜い部分を隠蔽するのではなく直面する」ための手段だったが、世界的なものになり、拡張し、練られた議論はインクルージョン(包括)から、エクスクルージョン(排除)とディビジョン(分断)へ向かいかねない懸念もある。
キャンセル・カルチャーを引き起こす「カルチャー・ウォーズ」は二項対立的になりやすい。「義憤」には「独善」というリスクがある。
「連帯」するためには同意しかねる「ドグマ(教義)」と付き合う羽目になるかもしれない。
団結よりも「アイデンティティ」というどこまでも主観的なものの宿命として、LGBTがLGBTQ+やLGBTIAやLGBTQIA+と複雑化しているとおり、際限ない分裂が起こるかもしれない。
しかし、アイデンティティ・ポリティクスが掲げるあらゆる差別————人種差別、階級差別、女性差別、同性愛差別、トランス差別、能力主義、エイジズム 、ルッキズムなど————を許容した世界を望む人は少ないはず。

資本主義が行き渡った世界は消費者主義(コンシューマリズム)が主流となり顧客の「声」こそ全て。
ビジネスこそ、社会的不平等に抗う知識と覚悟が必須になってきた。


Photo by Alistair MacRobert on Unsplash

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Jun Nakama
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